六幕『命が惜しければ』
蒸気吹くサイフェルの町の上に、すっかり朝日がのぼったころ。
歪な形の実験小屋から、ガタッと音が鳴った。
「遺跡……だと……!?」
椅子に座っていた男が、中腰で立ち上がる。
銀髪男の紫色の目は、今は驚愕に見開かれていた。
「うん」
向かいの緑髪の青年が頷く。無表情のまま、サンドウィッチを一口かじる。
「本当か?!」
「そうだって言ってるだろ。しつこいな、きみ」
「す、すまない……つい」
緑髪の青年──シュラの毒づきを受け、銀髪男は漸く椅子に腰を下ろした。
キッチンの真横。若い三人で囲む食卓にて。
シュラはパンを皿に置くと、男の瞳を見て告げた。
「〈ロートカース古代遺跡〉……砂漠の国の代名詞とも呼べる遺跡さ」
「だいめいし……?」
銀髪男の隣で、金髪が揺れる。少女、クルミが男の横顔を見上げている。
クルミはツナサンドを両手に持ち、パンくずを口元にいくつかくっつけていた。男にとっては既に見慣れた食べっぷりである。
「とても有名だということだな」
「ルナンも、知ってるの?」
銀髪男が簡単な単語を補足してやると、可愛らしい声音が再び疑問を口にした。
ルナン、と呼ばれた男は、小難しい顔をしながら答える。
「うむ。その名を目にしたことはある……という程度だが」
「ふぅ〜〜ん」
シュラの声だ。
「その、いかにもな言い方はよせ」
あからさまな伸ばし言葉を聞いて、ルナンは眉間の皺をさらに深めた。
へらっと意地悪く笑ったシュラが畳み掛ける。
「意外だねー! きみみたいな筋肉バカが、あの遺跡の名を知ってるだなんて……」
「言っておくが、俺の愛読書はすべて古文書だぞ」
「はいはい。ひとまず、そういうことにしておこう。僕はねぇ、〈ロートカース〉に行かなきゃならない理由があるんだ。付き人として同行して貰うにあたって、きみたちには一度その話がしたい訳だよ」
手をひらひらさせながら一息に喋り倒したシュラの言葉に、少女はまん丸い桃色の目をぱちくりとした。
「シュラの理由?」
「うん」
緑の青年は長い睫毛を伏せる。
どう話したものか。──重く沈んだ思考を張り巡らせた。
────……
「ねえ。あの女の子のことはそっとしておいてくれるよね」
「あんだ? フェ……いや、テメェまで」
数日前のこと。
ルナンをサイフェルの町医者の元に送り届けたあと、シュラは大急ぎでロネとの邂逅を果たしていた。
灰色の大男──ロネは、騎士団への引き継ぎが終われば元居た〈ザルツェネガ共和国〉へ帰る。そうなれば、あらゆる交渉が難しくなると考えたためだった。
例えば、あの金髪少女──クルミの存在を口封じするならば今しかないのだ。
「……分かるだろ。こんな遺跡の遺物を、その身ひとつで解き明かした子どもが現れたとなったら……」
クルミは、この遺跡に来て、自ら接近禁止の遺物に触り、それを解体してみせた。
シュラが長らく手を焼いていた遺物を。一瞬で。
明らかに……、子どもに出来る芸当ではなかった。
「そらァそうだが。オレらがワザワザ隠したってありゃ時間の問題だぜ? 別に言ったッて……」
遅かれ早かれ、と大男が首をひねる。
シュラは、彼の深い緑の瞳を凝視した。
ロネにとって、シュラは彼の旅ギルド〈夜明の剣〉専属の協力者らしい。が、ロネがシュラに対して何か“重要な背後”を隠していることは、態度から明確で。ゆえに、シュラは彼が苦手だった。
言葉を少し選びながら、シュラは口を開いた。
「うん。だから、僕に時間をくれないか?」
「ボクが調べる、ってか」
青年が頷く。ロネは顎に鋼鉄の手を当て、シュラの話を聞いている。
「あの子を悪いようにはしない。それに、僕個人が気になってる場所もあるんだ」
「アァ……遺跡な」
「そう。ディオルって奴が言ってた。次の行き先は、クレルヴィだってさ」
「……マジ? テメェも行く気なンか。アイツってよ、道化師だぜ?」
「きみの仲間なのかい?」
「まさか」
見りゃわかるだろうが、とケラケラ笑う。
また、ロネお得意の隠し事の気配がした。
旅人は案外輪が狭いのかもしれない。シュラは適当に結論づけながら、持ち前の弾丸トークの組み立てを実行した。
「クレルヴィといえば、ロートカースだ。あそこも、マーキナと同じ、構造未解明の古代遺跡として知られている。僕ら研究者の間では、いわゆる聖地みたいな扱いの場所なんだよ」
「ほーん」
「要するに、あの女の子がどうこう以前にだ! 僕に異国への現地調査を許可してほしい。休暇。よこしなよ。はやく!」
「だー! 仕方ねェな。ひとつきだけだかンな」
────……
「…………」
ロネにはああは言ったけど、正直遺跡に行って何か進展が望めるのかは僕にもわからない。それでも、まさに最優先で探求すべき物事は、そこに在るのだ。
シュラは指を組んで、呟いた。
「結論から言うよ。ディオル──あのヒトが手紙に書いていたという、金銀財宝の話は、ロートカース古代遺跡のことである可能性が、極めて高い」
「そうなのか!」
ルナンが食い付く。彼はシュラが出したサンドウィッチをとうに食べ終え、テーブルに肘をついていた。
「大型船のような形状の遺跡だ。そして、僕ならばその最奥への機構を解くことができる、可能性がある」
「……可能性の話ばかりだな。先程から」
男の苦笑が落ちる。
「本人から直接聞けなかった以上、確証は出来ないね。だけど、あの遺跡の研究は、いち陣機械研究者として、積年の夢でもあるんだ」
シュラが目を瞑って語ると、少女の底抜けに明るいソプラノの声が、食卓に響いた。
「じゃあ、シュラの夢を叶えに行くんだね!」
「えっ」
シュラは開いた口が塞がらなかった。
そんなふうに考えたことは、今まで一度もなかったからだ。
-Next coming soon!