DR+20


五幕『この記憶の果て』



 仕掛けを解いて、先へと進む一行。
 大がかりなドアの先は、先ほどの部屋よりもさらに開けた広間のような場所だった。
 天井はスノードームのように高く高くなっており、明るい広間の中、細かな光物質がふわりと宙を舞う。
 部屋の隅には幾つもの線状コードが張り巡らされ、それらの器具が一点に集中している。
 超大型陣機械クロムディアだ。
 角張った形状のボールのような球体の前、ふたりの人影が振り返ってこちらを見た。
 人影のひとりは、灰髪の大男。
 もう一方は、
「わあ。本当に来たんだ」
 シュラだ。特徴的な緑の髪に、黄色いゴーグルを頭装備している研究者が、肩をすくめる。
 隣の大男が、怪訝そうに問うた。
「テメェらナニモンだァ? 知り合いか?」
 柄の悪い男だ。俺よりも背は高く、そして見た目はディオルよりも年老いて見えた。しかし、灰の男のモスグリーンの瞳からは、明確な闘志を感じ取ることができる。
 そう感じるのはあの【幽霊男スローグ】以外では久しぶりだなどと考えながら、ルナンは問いに答えるべく口を開いた。
「俺は……」
 しかし、シュラが言葉を遮った。
「知り合いだって? とんでもない! 彼らは、極悪非道の侵入者だよ」
「そうなンか」
 なんだ、というように、強面の大男の眉根が緩む。
 反して緊張した面もちのシュラは、右腕を大きく振り払った。
「今すぐに! 拘束してやってくれ!」
「待てまてっ」
 焦ったルナンの手は、戦いに構えるでもなく、あてどなく浮いていた。
 俺はお前を、多少なりとも話の通じる奴だと思っていたのだが。
 動揺でなにも言葉にならない。
 演技掛かった声音で、ディオルが弁護した。
「そんな! 私とシュラさんの仲じゃあないですかぁ!」
 ……それは弁護なのか?
「ハァ? やめろ気持ち悪い」
「いえでもほんとうにぃ、本当なんですッ!」
 長身の男は何故かろれつの回っていない上に、右手で顔を覆ってキメキメで佇んでいる。
 ディオルの奴、ついに狂ったか……。
 ルナンはちょっと、否。かなり引いていた。
「そういう、意味をなさない言語の羅列は辞めて貰えるかな?」
 同時にシュラも、どうやったらあんなに人を蔑めるのかという目で男を見ている。
 聞くに耐えない会話の中、少女が叫んだ。
「知ってる!」
「……えぇ?」
 シュラがすっとんきょうな声を出した先に、少女が前へと進み出た。
「そこの……丸いクロムディア? 近くで見てもいい? シュラ、お願い!」
 少女、クルミが白い指を組む。
「ええっと……ダメなんだけど」
 緑髪の青年は、少々困惑しているようである。隣の柄悪男が一歩出て、口を挟んだ。
「コイツの名前をご存じでッと。そンで? こんなただのボールみてえなモン、何で見てェつってんだ?」
 ガキのおもちゃじゃねェんだぞ、と、悪い子どもを叱るような口調で語りかける。
「だって、わたしを思い出せるかもしれないから……やっぱり、だめかな……?」
「ンだそりゃ」
 少女もその願いを半分諦め気味のようで、目を逸らした。大男も、首を鳴らして退屈そうに答えている。
 だが、こいつらの反応は当然だ。クルミの舌っ足らずの発言は、補足がなければ意味不明な類のものだろう。例え正しく説明しても、信じられるかどうか怪しいほどの。
 それでも、今なら話ができそうだ。
 四人の前で、青年は手を挙げた。
「俺が話そう」
「ルナン……?」
 不安げな瞳が見上げてくる。ルナンはそっと、クルミの頭を撫でてやった。
 少し、長くなるかもしれん。
 そう前置きをしてから、ルナンはシュラに向かって問いかけた。
「お前は〈レイル古代遺跡〉のことを知っているか?」
「さぁ。詳しく」
 腕組みをした緑髪の研究者に続きを促され、青年は語った。
「王国のレイルという名の村の近くに、深い森がある。その森の中央に建てられた、地下遺跡だ。俺とクルミは、そこで出逢った」
 その長台詞の後、シュラの眉は低く潜められていた。
「……ハア? そんな場所に、遺跡なんてなかっただろ?」
 ルナンが目を見開いた。
「そんな、馬鹿な……」
 故郷・レイル村。
 俺は確かにレイル村に住んでいて、【あの男】に会ったはずだ。この少女も、例の遺跡も間違いなく実在したのだ。
 青年の記憶を否定した研究者が返す。
「ハァ……。どういう気の迷いか、知らないけどね。王国の研究者として言えることは、この国の現状の遺跡や遺物を、僕は全部知っているつもりだ。なのに、西のレイル方面に、そんな目立った遺跡があるなんて、僕は見たことも、聞いたこともない」
 無感傷な声が黒衣の青年に刺さる。
 俺はあの日のことを、俺の人生を掛けて、捜し求めている。確かに【あの男スローグ】に、復讐すると誓いを立てた。見知った少女を救い、憎き教皇も倒してきた。
 夢、まぼろしだったのか? 
 過去も、すべて。
 ルナンは突然、己の足下がゆらりとグラついたように感じ、前のめりになって懇願した。
「嘘ではない、信じてくれ。そうでなければ、俺は今、ここにはいない……!」
 己の言葉端が掠れていた。
 シュラの表情が、揺れる。
 小柄な青年は、気を持ち直すようにひらりと手を振った。
「ああ、信じた訳じゃないよ? 同時に、愚かな嘘だとも思わない」
「本当か?」
「今度調べてみる。サイフェルの資料作者もだけど? 王国議会でも、問い正してやるよ」
 シュラの目が黒々と光っていた。本気の人間の目である。
 ルナンが僅かに瞼を伏せる。
 王都の件もそうだったが、自分の身の置かれている国は、想像以上に腐っているのかもしれん。
「で、本題だが、クルミには過去の記憶が……」
 言いかけたところで、シュラの奥側でおとなしく聞いていた男が、合点のいったように笑った。大声で。
「ハーン、わぁったぜぇ。テメェらここまで、伝承にある宝でも探しに来たんじゃねェの?」
「宝」
 でかい口振りでまともに喋ったかと思えばこの男、何を言い出すんだ。
 男は続けた。
「この陣機械クロムディアには、人類が何らかの宝を閉じこめたんだと言われてンだ。まだ誰も開けちゃいねえけどよ」
 ルナンは呆れたように答えた。
「何だそれは。初耳だぞ」
 なぁ、と同意を求めるように仲間の方を見ると、相変わらず少し怯えた様子のクルミのそばで、ディオルが眼鏡を押さえたまま下を向いていた。
 急に静かになったな、あの眼鏡。
 男の残念そうな声が落ちた。
「……ンだ。違うのかァ」
「違うな……」
 振り向いて、一瞬の沈黙が落ちる。
 大男がニカッと破顔した。
「ンなワケで、出てって貰うぜ?」
「は!?」
 今度はルナンが面食らった。
 文脈が全くつながってない。
「なんで? それが宝だから? それともわたしが……イヤなこと言ったから?」
 クルミが小さな両手で胸を押さえる。
 また太い首を鳴らした男が、緩やかに首を振った。
「宝の話も単なるジョークだよ。わりィが、ココはオレらが“調査権限”を買ってやってンだ。組織・・以外の人間には、出てって貰う決まりになってンだよ」
「だから待て! これを見てもか?」
 ルナンは黒ズボンのポケットから、薄紫色の笛を出した。警備に見せろと言われていたのだから、これを見れば、あるいは。
 そう思ったのだが、大男は口角をあげて言い放った。
「そりゃ、王国騎士に渡しといたパチモンだろ?」
「クソが……」
 ルナンは悪態をついた。
 まさかとは思ったが、騎士に笛を渡したのもこいつときた。つまるところ――この大男はマーキナ遺跡の権利者と言ったが、あるいは管理人そのものに近いかもしれん。
 土地の管理人相手に情報戦は、分が悪すぎる。
「そういう……」
 口元を押さえ声を発したディオルを、灰の髪の男が見た。鋼鉄の指でさして、
「オイ……、テメェは」
 細い目を丸くして発された言葉に、ディオルが一転、笑顔になって台詞を被せた。
「うわーこっわいですねぇ! 私たちみたいな子羊は今すぐ、ケウノハナまで逃げた方が良いですかね? あっはっはっ」
「――ハッ! その方がいいンじゃねえか? 腰抜けの小鳥がよォ!」
 互いに理解不能な応報を投げかけている。
 というかディオル、全くもって知らん地名だが、どこまで逃げる気なんだ。
「あ、ではお言葉に甘えて。クルミさん行きますよ~」
「ぴゃう!」
 眼鏡の男はクルミを横抱きにして、走り出した。