夕刻の手紙


五幕『この記憶の果て』


 
  


 途端に騎士が態度を変える。
「ホンモノだな」
「たっ、たた大変失礼しました! これまでのご無礼をお許しください!」
 なんと、王国騎士に頭を下げられた。
「はー、先に言えっちゅうの。警戒して損したわ」
「こちらへどうぞ! よかったら……お詫びに案内しますよっ」
 見れば、騎士たちが穏やかな表情で道を案内しようとしているではないか。
 ディオルが安堵の声を漏らす。
「良かった! さてみなさん、行きましょうか」
「いいの!?」
「ええ、どうぞどうぞ……!」
 足取り軽くなったクルミが、ぴょんと跳ねた。
「遺跡のキシさんたち、ちょっと良いひとだね!」
 歓迎されただと? まさか。
 明らかにおかしい、とルナンの第六感がビシビシ訴えていたが、入れないより良いのは間違いない。
 今、文句をつけてシュラみたいに意見がひっくり返ったら困る。
 考えてから兵士の後をついていく。
 若干一名を後ほど問い詰めるとして、ひとまず黙っておこう。
「ところで、皆様はどういったご関係なんです……?」
 前を歩く女騎士は、背後の背高な男を見上げて問いかけた。
「そうですね。ギルドの依頼主と依頼者、といえばわかるでしょうか?」
 ともに遺跡に入りながら、にこやかな笑顔でディオルが答えた。相変わらず胡散臭いことこの上ない。
「そう、なんですねっ……」
 ルナンははたと目がいった。
 よく見ると、二人ともカイナとはやや制服の形状が違っている。
 小さな女騎士の方はスカート型、男の方はゆるめの長ズボンだ。他の門番などの騎士の多くはタイトなズボンに鉄の量産型ブーツをはいていることがほとんどなのだが、彼らは特注なのだろうか。
 もしかすると、騎士団内での成績がいい人間、所謂エリート組なのかもしれない。意外ではあるが。
 考え事をしていたルナンの前に、手が差し出されていた。
「じゃ、あんたはこれ持ってけ」
「これは……」
 差し出された小物を受け取ると、それは己の穴あき手袋とよく馴染む紫色をしていた。
 半円のような、奇妙な形の笛だ。掠れているが、赤い模様が入っている。
「内部でも、また警備に声かけられんだろうから。そのときは、こいつを見せときゃ話は伝わるぜ」
 成る程。許可証みたいなものか。
 ルナンは、静かに黒ズボンのポケットに笛を突っ込んだ。
「助かる」
 内部への入り口らしき門にたどり着くと、兵士が手をかざして道を開けてくれた。
「この先、遺跡の仕掛けも少しですが残っているので……充分、お気をつけて!」
「……間違って引っかかるなよ」
 左の胸に握り拳を添える姿勢。騎士団式の略式敬礼を受けながら、三人は内部へと進んだ。
「ありがとう~、ちょっといいキシさん!」
 去り際、ルナンは言葉の代わりに、彼らと同じように左胸に拳を当てていた。
 
 
 
 異質な遺跡を進む一行。
 道中、壁は冷たい銀の鋼で覆われ、装飾らしい装飾は石柱のみの、物寂しげな雰囲気のする場所であった。
「おい。あれはどう言うことだ」
 無言で歩き、騎士の姿が見えなくなった頃、ルナンはディオルを問いただした。
「どう、とは? 私、さっぱりわかりませんね〜」
「しらばっくれるな」
 当然先ほどの兵士の態度についてだ。
 シュラから聞いた話と違いすぎる。
「はは。バレちゃってましたか」
 ルナンは眉間に皺を寄せた。
 背高な男は気に介さないように笑っている。
「実はですね。シュラさんからこれを頂きまして☆」
 男の手にはキラリと光るバッジが煌めいていた。赤い鳥のマーク。なんらかの組織証だろうか? 
「ディオル、いつの間にもらったの?」
 否、もらっていないに違いない。
 俺から見てもそんな暇は無かったのだ。
 大方、近づいたときにでも盗んだのだろう。
「彼が特別にくれたんですよ。これが友情の証だと……!」
「ディオルもシュラと仲良しなんだね~!」
 少女が嬉しげにうんうんと頷いた。
 こいつ、奴の小芝居がかった演技にすっかり騙されている。
「……どうなっても知らんぞ」
 にごして返事をする。
 クルミには本当のことは黙っておこう。教育に悪そうだ。
 ルナンは自分のことを棚の上に放り投げて、そう心に決めた。
「おや、行き止まりのようですよ」
「えー」  
 ディオルの言葉通り、そこは行き止まりの様に見えた。
 こういった静寂な場に向かって他者と議論する気にはなれない。ルナンは黙って目の前の異質な壁へと歩いて行き、垂直に手のひらを向けた。
「――朱、集い灯せ――|《火ノ祈願フラム=シャール》!」
 簡単な魔煌ヴィレラを唱える。指先にて光の粒が弾け、一気に膨張した火の玉が壁にぶつかった。飛び散った火炎は、分厚いレンガにあるヒビを吹き抜けていった。
「これか……」
 最深部へ通じているであろう壁だが、高熱ではびくともしない。ルナンは目を凝らし、指先で冷たい銀の壁を探っていく。日に焼けた褐色の指が辿った場所に古代文字が浮かび上がり、一際輝いた。
「光ってるー!」
「おお」
 クルミとディオルが声を上げる。
 決まった場所をなぞるのは、この手の古代遺跡にはよくある仕組みだ。
 ゴトゴトと音を立てて壁が中央からブロック状に裂けるように開く。
「はわ~~」
 視界が開けた。
 ブロックの向こうには、だだっ広い空洞が広がっていた。巨大な扉と細々とした装置以外はなにもない。
 置き型の真四角な照明が等間隔に並び、部屋全体を照らしている。
「ほう、珍しい形式だな」
 青年が感心すると、後ろの男が納得したように呟いた。
「旧式のライトですね。古代文明のものでしょう」
 ルナンは首を傾げた。
「俺はそんなもの、読んだことがないのだが」
 隠れた本好きである青年は、呪いで故郷を追い出されてからというもの、古代の文献ばかりを選んで読み漁ってきた。それなのに知らない物などは絞られてくる。
「ええ、無理ありませんね。外国の書籍で見た物ですから」
 ほら、これとか。とディオルが指さす先には、小型の装置があった。壁にくっついて、複数の羽を等間隔に回している。羽の奥には長い空洞が繋がっているようだ。
 エスタール王国の他の遺跡では、見ない型の陣機械クロムディア
 古文書の虫としては、何故今日まで知らなかったのか、これは一体なんなのか、様々な疑問が頭に湧き上がってくる。
「不可解だ……」
 ルナンが不満がる隣で、クルミはその異様な景色に見とれていた。
「ぴかぴか、きれいな明かりだねぇ」
「ええ。あれ全部、ライトと言うんですよ。そういえば、バイクにも同じ機能が付いていますねえ」
 ディオルはというと、ここぞとばかりに持てる知識を披露している。
「……?」
 歩きながらくるくるとあたりを見渡していた少女が、突然ピタリと止まった。
 無機質な部屋。青白いクリスタル。大きな扉。
 前に向かっていた足が横に、後ろに動き、彼女の目が部屋の全面をじっと見つめている。
「どうしましたか?」
 クルミは台座に置かれたクリスタルを前に、言葉を零した。
「ここ……見たことある」
「なに?」
 真っ先に驚いたのはルナンだ。
 少女は小首を振った。
「ううん。来たことあるの。わたし」
「まさか」
 ディオルも息をのむ。
 少女はオーシャンブルーのクリスタルに手を伸ばしながら、記憶を繋げようとする。
「この明かりのおくに、もっともっと大きなかたまりがあって……そこで……」
「クルミさん、記憶が曖昧なのですか?」
 ルナンは今更、気が付いた。
 この旅人――ディオルには、少女が記憶喪失であることを伝えていなかった気がする。
「あのね。わたしと、あとね……なんだっけ……?」
 少女の言葉ひとつひとつがたどたどしい。
 ルナンは歯噛みした。
 旅人にいちからあの長い経緯を教えていたら、一体どれほどの時間がかかることか。
 そもそも、記憶喪失などと言って信じられるのか?
 青年が思案している前で、少女が語る。
「このふしぎなかたまりも、見たことあるの」
「これです?」
 ディオルが台座のクリスタルにそっと触れた。
「……!」
 同じく、青白い結晶に触れた少女の動きが、ぴたりと止まる。
「おい、クルミ。さっきから何を──」
 ルナンが少女の背に触れたその時。視界が真っ白に弾けた。
 
 ────……
 ────…………
 暗色のモヤがかかる古代遺跡。
 ──ここは──!
 マーキナではない。ここは、レイルだ。
 〈レイル古代遺跡〉。
 冒険に出た故郷の地に程近い、森の奥深くの地下遺跡。
 そこで、白髪長身の幽霊のような男と、幼い少女が戦っている。
 幽霊男、スローグが振りかざした大剣を、少女の光のオーラが弾き返す。小さな全身をしなやかな剣にしたように、舞い、踊る少女は、その背後に小さな少年を守っていた。
 あの少年は……、俺だ。
 すっかり腰を抜かし、目の前の光景に怯えきった、過去の弱い自分がいた。
 幽霊男が、少年に向かって大剣を振りかざさんとする。
 ──この先だけは、見たくない。
 思わず顔を背け、ギュッと目を瞑った青年の視界が真っ黒く塗りつぶされた。
 ────…………
 ────……
 
「今のは……?」
 茶髪の男が目を見開いて、青年を見遣る。
 ハッとした青年は、すぐさま顔を逸らした。
「知らん」
 クルミの背から手を離して、空を振り払うような動作をする。
 きっと、見るに耐えない情けない顔をしていた。青年はそれを自覚して、男に悟られぬよう眉根を寄せた。
 何故、今のタイミングであの悪夢じみたものが見えたのかはわからないが、あの記憶には触れられたくない。
「しかし、あなたも……」
「知らん、と言っとろうがッ!」
 台詞の終わりに、ルナンは目の前で鎮座していた小さい箱のような物を足裏で蹴った。十個は転がっていたミニブロックの内のひとつを。
「え……?」
 疑問に固まったディオルとクルミをよそに、スライド音が響く。
 ひとつのブロックは床の隙間を沿って滑ってゆき、幾つものブロックとぶつかりながらも、終着点の壁へと綺麗にはまりこんだ。
 巨大な扉から開鍵音が落ちる。
「……良し」
 駆動音を立て、その扉が自ら開いた。
「うわ。開けたんですか」
 ディオルが口を半開きにしている。
 すました顔の青年が、スタスタ歩いていった。
「凹凸を利用した、簡易パズルだ。何ということはない」
「へー! 素~晴らしいじゃないですかぁ!」
 私ひとりじゃ絶対出来ませんでした、と後ろの男が笑う。
「…………」
 不安げな表情の少女は、青年の背を見ながらただひとり、胸元で手をぎゅっと握りしめた。

 


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