四幕『旅ギルドなんて嫌だ』
“第28話 それぞれの意思”
「シュラ……怒ってた、ね」
ぽつり、クルミは感想を零した。
図書館〈学びの樹〉は、シュラがいなくなっても比較的にぎやかだ。
なおも多くの人々が本棚の書籍を探し、いくつかのテーブルを囲み、そして談義に花を咲かせている。
「あいつは、旅ギルドと何かあったのだな」
「うん……すごく、辛そうだった」
落ち込んでいる少女が視界に写る。
少女の頭上に右手を置いて、艶やかな金髪を雑にかき混ぜてやった。
「後を追うぞ。俺たちも遺跡に向かおう」
ルナンはいよいよ、腹を据えた。
「彼なしでは、門前払いですよ?」
「なるようにしかならん。無理ならば、見張りを人質にしてでも入るまでだ」
「いいえ。一旦、頭を冷やすべきです」
ルナンのとんでもない発言に、ディオルはきっぱりと反論した。青年が返す。
「……別の協力者を探す、ということか?」
頷いた男を見上げて、少女が声を荒げた。
「だめだよ! シュラのこと、助けてあげなくちゃ!」
当然、それ以外の選択肢なんてない、そこまでの熱意がこもった真剣な瞳だった。
少女のなかでは、シュラはとうに『お友だち』なのだ。例え、ルナンやディオルからは、赤の他人でも。
俺自身は今さら何をしようが、どうせ重罪人だ。それに目的もある。クルミのお人好しに、付き合ってやってもいいと思っている。
あとは、ディオルがどんな意見を持っているのか。それだけだった。
「そりゃ、シュラさんの事情は心配ですが……しかし」
依頼主の目を、青年は見た。
「では問おう。お前自身は、どうしたい?」
眼鏡の奥の瞳を見開く、その男。
ディオルは、言の葉を噛みしめるようにして、こう言った。
「……追いかけましょうか」
青年と少女は、二人して頷いた。
◆
先頭の黒い男に言われるがまま、私たちは遠くからシュラさんを追っていきます。
街の外に向かったと思われた彼の背は、反して街の奥へと向かっていました。
たどり着いたのは、薄汚れた小屋。
いかにも爆発のひとつやふたつは乗り越えていそうな、小さな家屋です。
彼はなんの躊躇もなく、そこへ入って行ったのでした。
「あれ……? いせき、いかないのかな?」
「尾行がバレているってことは、無いのでしょうが」
私は正直に、そう呟きました。
青年はもちろん、少女もそれなりに隠れてくれている。
あの軟弱そうな研究者に限って、尾行に対策する能力が高いはずありません。
「おかしいな……、むっ」
ルナンさんの低音に被さり、小屋の重そうな扉が開きます。
「ふう。疲れた」
シュラさんです。
身を乗り出していた私たちは、慌てて物陰に隠れます。
「なるべく利用したくなかったのにね……」
建物の影に忍んでいれば、なにか、特徴的な音が耳に届いてきました。
連続した、地面を転がる硬い音。
断続する、繊細な金具の擦れた音。
「はぁ~……昨日と今朝は、散々だ。きみなら、分かってくれるかな?」
彼が、誰かに語りかけています。
……人が増えたのでしょうか。
気配を探り、恐る恐る顔を覗かせてみると、一人で居るシュラさんの姿。
通信をしているわけでもなさそうです。
ただし、彼の隣にあったのは──純白のバイクでした。
小振りな彼に良く似合う、上品さを感じさせる中型の陣機械。
もしかすると、無機物と電波的な会話を……?
まっさか。そんなヘンな話はありませんよ。
私の一人芝居をあざ笑うかのごとく、彼はそのハンドルを愛おしそうに撫でておりまして。えらく素直な声音で。
「そうだね。今こそ、頑張らないと……」
会話のような独り言を、良しとしてました。
ふむ。これは、見てはいけないシーンだったかもしれません。私は忘れてあげませんがね。
ゴーグルを首元へ落として、白いヘルメットを着用したシュラさんが、バイクの背に跨ります。
彼は手慣れた操作を行い、最後にハンドルをひねりました。
「はやく終わらせよう。僕が〈サイフェル〉に居られるうちに」
陣機械が発進。直後、ルナンさんが少女と共にしゃがみ込みます。彼は、こちらの物陰のほうへ来ているのです。
とくに急いで壁に張り付いてはみましたが、所詮は建物の影。三人で居ると目立ちます。向かって真横の道すじを颯爽と通りにくる、白いバイク。
今度こそバレた。
そう思ったのですが、彼はこちらに目もくれず通過。
南の方角へと、路地を折れて行きました。……杞憂だったでしょうか。
あっけらかんとした小屋前の路地で、陣機械の吐いた煙たさだけが私たちを包みます。
真っ先に口を開いたのは、黒い男でした。
「おい、まずいぞ……探そう! 北入り口前だ!」
いつになく切迫した声音です。
ルナンさんはそのまま、少女を横抱きに。クルミさんはびっくりです。
「ひょわぁ!? さ、さがす? なんのこと?」
「例の黒いバイクだ、俺たちも陣機械で追いかける! ただでさえ遠いんだ、あいつに距離を離されては、遺跡周辺で迷いかねない!」
ぼやっとするな、急げ!
ルナンさんの叱咤で、一足先に駆け始めます。
北入口・検問所先の茂みまで──。
(さて、私も……腹を括りましょうかね)
いつもの私なら同意しないだろう、破天荒な作戦に乗っかってしまったのは何故か、今でも正直わかりません。しかし、行けば新たに分かることもあるでしょう。
踏みしめた地は石。足を沈めさせず、頼もしい造りのこの街。時刻は昼前。
私は少し、今日、という日が楽しみになってしまいました。
──ちょっとした、嵐の予感です。