四幕『旅ギルドなんて嫌だ』
「おい、お前……」
近くに立ってみると、意外と小柄だ。ルナンの表情に何を思ったか、相手はあからさまに嫌そうな顔をした。
「旅行なら、よそでやってくれないか。ん? ここがどこか、解ってるのかな?」
挑発的な口調に一瞬カチンと来たが、思いとどまる。
ひと騒動、起こしてもみろ。協力者など探せるわけがない。依頼が達成できないと、俺とこのガキの生活があやうい。ここは我慢だ。
「うむ……俺の注意散漫だった。すまない」
ルナンは、なるべく丁寧に振る舞った。
青年の穏便な声を聞いて、男の不機嫌度が下がったようだ。
「……せいぜい、次がないようにするんだね」
「は、はぁい」
「善処しよう」
男は二人の言葉を聞き届けると、近くの本棚から本を手にとって調べ物を始めた。こちらに興味を無くしてしまったようである。
すると何故か、後ろにいたスーツ姿の連れが進み出た。
何をするつもりだ?
ルナンがそう思ったのもつかの間、ディオルは小柄な男の肩を叩いた。
「すみません。少しだけいいですか」
ディオルが声を掛けなおしたところで、ルナンはようやく相手の全身に気が及んだ。
赤い刺繍の入ったねずみ色の服を着て、特殊な薄型ゴーグルを頭につけている。よく見れば、中性的な顔立ちの若い青年だ。最初は中肉中背だと感じた体格は、どちらかというと痩せ気味にも見えた。
しぶしぶ振り向いたその青年へ、長身の男は尋ねた。
「あなたは、この街の方ですか?」
「よそ者には見えないだろ」
確かにそうだ。奴の痩身には、庶民的な赤布が留め具として巻かれ、作業用のぶ厚い黒手袋が両手を覆っている。
余裕のある幅の長袖長ズボンを着ていることから、おそらく戦いのできるやつではないのだろうとルナンは想像した。
「もしかして、陣機械なんかにもお詳しかったり?」
「…………それが、なんだい」
随分と正直な間が空いた。ディオルが見逃すはずもない。
「じゃあ勿論、南東の陣機械遺跡のこともご存知ですよね」
「は? 今、なんて」青年が目を丸くした。
「ですから。南東山岳部の、クロムディアいせ……」
二度目にディオルの台詞を聞くと、みるまに険しい表情になった青年は言葉を被せた。
「なぜ、きみたちみたいな外部の人間が〈マーキナ遺跡〉のことを?」
「マーキナ遺跡。そう呼ぶのだな」
「……ちぃっ」
相手は、苦虫を噛み潰したような顔をした。どうやらこの男、知っていることが多そうだ。
ここぞとばかりに、一行が畳み掛けた。
「どうしても、あの遺跡に入りたいんです。詳しく教えていただけませんか」
ディオルは、まれに見る真摯な視線で男を見据える。
ルナンとクルミも注視していたが、そいつは、盛大な溜息と共に顔を背けた。
「残念だけどね。マーキナ遺跡は、政府の特別な許可が無いと入れないよ」
「おや……」
「えーっ!?」
衝撃の事実。遺跡に入れないのでは、今回の依頼は破談ではないか。
「な……何故だ? 理由は?」
折角ここまで来たのだから、簡単に諦めるわけにはいくまい。ルナンは食い下がった。
「あそこは十年も前から、王国議会の管理下にあるから。一部の人間にしか、探索が許可されていないんだ」
ただ淡々と説明をする男の声に、ディオルは若干脱力しているようだった。
「それは、初耳でした……。あの遺跡が陣機械仕掛けだからですか?」
「当たり前だろ」
「あたりまえなの?」
延々と続きそうな問答に、若い男はこちらを一瞥した。眉ぐっと低まり、土色の瞳が細められる。
息を一気に吸い込むや、本の背表紙で片手を引っ叩き、言い放った。
「あそこは、きみたちのような一般人が入っていい場所じゃない!」
「ひょええっ」
鷹を彷彿とする目力だった。この男、事あるごとに敵意をむき出しにしてくるゆえ、やり辛いことこの上ない。
ふと、居心地の悪さを感じる。見渡せば、無闇に周囲の注目を浴びてしまっていた。小柄な男は慌てて咳き込みをする。
大声なんぞ出すからだ。
男はルナンの視線に気がついたか、苛ついた面持ちで睨みを利かせてきた。
「だから。よそのド素人なら、軽率に首を突っ込まないでおくれ」
「お前は、随分と……色々詳しいのだな」
「ここに住んでるんだから普通だろ? きみたちの知識が無いのさ」
騒ぎを起こしてはならぬ。
頭ではそう理解していても、こいつの言い方はいちいち鼻についてならん。
「ね、お兄さんって、なんていうお名前?」
ひょっこりと、クルミが突拍子もないことをたずねた。
この少女は、言葉を交わした相手に興味を持つことが多い。今回もまた、その一環だろう。
「さぁ? 知らないのかい?」
「しらないよ。会ったの、はじめてだから……」
少女は上目遣いで大変可愛らしいが、この相手には通じまい。
案の定、緑髪の男は、肩をすくめてクルミを見下ろした。
「人に名前を尋ねるときは、まずは自分のほうから名乗るものだよ」
端から聞いてもねちっこい嫌味にしか聞こえない。
当の少女は、相手の土色の瞳をまじまじと見つめた。そのままうなずいて浮かべた表情は、笑顔。ぺこりとお辞儀をする。
「さっきは、ごめんなさい。わたし、クルミっていいます!」
「……!」
ルナンは急を突かれた。
こいつはこんな、礼儀を考えた敬語など使えただろうか?
そんなわけがあるまい。昨日は、露店の商品すら勝手に食ったガキだぞ。
「ああ……そ。変わった名前だね」
男もどこか、呆気に取られていた。
「は、はい。それと、こっちのひとが……えっと……」
クルミが気まずそうにこちらを見た。
名前を街中で呼んではいけない、というのも、伝わったのだろうか?
(まさか、な)
ルナンは思考とともに少し迷ったのち、話に乗っかることにした。
名乗りを拒んで怪しまれては困る。
「……ルナンだ。ルナン・シェルミク」
「ルナンね。で? そっちの男は?」
近日の王国騒ぎはまだ知らぬらしい。お前の知識が無くて安心したぞ、とルナンは脳内でだけ切り返しておいた。