夕刻の手紙


四幕『旅ギルドなんて嫌だ』


 
  

 
 涼しげな空気に包まれた朝。
 草原から、敷き詰められたタイルへと足を踏み出す。足裏に石の感触が伝わって来た。
「すぅー……」
 大きく深呼吸をする。そうするだけで気持ちが落ち着く。
 辛い記憶は、日差しの中では薄れてくれるように感じた。
 ミザリのためにも、俺は生きてゆかねばならない。
「行こっか、ルナン!」
「ああ。ふたつ目の都だな」
 鉄の馬……バイクというのだったか。あれは外の茂みに隠しておいた。
 あくまで盗み物だし、見つかると厄介だからな。
「では、気をつけて対応しましょう。とくに、クルミさん」
 ディオルは低く屈んでみせると、人差し指を一本、自身の口元に寄せた。
「もしも、分からない会話があった場合は、私たちに同調、なるべく態度を合わせてください」
「わかった! ちゃんとお話きいて、みんなを困らせないようにするね」
 クルミも男と鏡合わせに真似っこをして、はにかんだ。
「問題ない。俺たちで話を終わらせればいい」
 そう言ってルナンは、柱の角を曲がる。
 端からすれば少々おかしな会話であるが、仕方のないことだ。なぜなら向かう先は、街の出入り口で行われる身分検問。つまり、追われている身として、越えなければならない関門でもあった。
 槍の柄が地を打った。二人の騎士が、仁王立ちで一行を出迎える。
「立ち止まれ!」
「旅ギルド《闇夜の流星》だ」
「よろしくお願いします」
 対面して間髪を入れず、ルナンたちは言葉を切り出した。
「ほー、旅ギルド? 珍しいではないか」
 門番の騎士が唸る。朝から労働、ご苦労なことである。
「しかも申請日がきのう? おいおい、期待の新人だなぁ」
「えへへ、これからご依頼なの!」
 クルミがいつの間にやら服の上の方にギルドバッジを服につけていた。門兵に駆け寄って、明るい笑顔を振りまいている。
 ディオルは一歩前に出て、少女の真横に並んだ。
「そういうわけで、この街で揃えたいものも多いんですよ。旅もラクじゃないんですよねぇ」
 ところで、こいつは依頼主のくせに、なぜ身内ヅラをしているんだ?
 後ろで微妙な表情をしている俺へ、騎士が語りかけた。
「あんたもまだ若いのに、立派なもんだよ」
「う、うむ」
 ルナンはなんとなく面映くなって、胸に拳を当てると、会釈をした。熱い視線を感じる。一方の騎士は、いい顔で笑ってみせた。
「良いぞ、通れ。ちょっと待ってな」
「ありがとう、キシさん!」
 昨日と相変わらぬ、緩い検問である。
 赤い制服から覗く白手袋が、レンガの壁に触れた。口元を覆って詠唱をすると、特殊なブロック状の扉が蠢いていく。王都のものとはまた違うな。これも、騎士団秘匿の結界だろう。
 そういえば、旅ギルドを名乗るたび、妙に驚かれている気がする。世間では、旅ギルドというのは特別なんだろうか。
 なにか、俺の知らないようなことがあったのかもしれない。
「そうだ。諸君は、王都方面から来たのであるな?」
 俺がそうこう考えていると、門兵の片方に引き止められた。個々で同意の仕草を取った俺たちの顔を見、騎士はひと息置いて言った。
「すこし聞きたいことがある」
「はあ、どういった趣旨のことでしょうか」
 めんどくさい、という意思を隠さず向き直った男に、頭の硬そうな騎士は刺々しく言い放った。
「この近辺に、人殺しがうろついているとの情報が入っている」
「殺人鬼とは……物騒ですねえ。なにか特徴は?」
 本能的にいやな感じがする。騎士は堂々と問うた。
「特徴は『全身黒衣で、奇妙な魔煌ヴィレラを使う大剣使い』だ。心当たりはないだろうか」
「えっ……?」
「ほほう」
 若干あぶない反応をした少女のとなりで、ディオルが俯いた。そのまま、ほんの少しだけ頭をこちらに向けた気がした。
 きっと目線は向けられていない。あいつなりのサインだ。
(アレは俺のことだろうな、間違いなく)
 どうしたものかと思ったが、しかし直後、騎士二人が勘付かない滑稽さの理由に思い当たった。
 そうか、衣服だ。
 ルナンの装いは正面から見ると、銀髪も相まって上半身が白っぽく見えるのだった。
 それに、何もないときに古代魔煌オールドヴィレラなど使わないだろう。
 ましてや例の大剣など、いつでも持っているはずがない。
 これなら気付かれまい。
「知らんな。噂なら、時折小耳に挟んだが」
「わかった。ご協力、感謝しよう」
 ルナンはうまいこと誤魔化した。
 目の前の男が、顔を上げて口を挟む。
「第一、黒衣の剣使いなんて、世界中いくらでも居そうですけどね」
「ふむ。違いない」
「それが……違うんだ。聞いた話では、そいつはもっと目立つんだ」
 詠唱が済んだのであろう、隣の明るい騎士の言葉だった。奴は雰囲気に似合わず悩みこむと、迷いを吐露するような声音で語りかけた。
「聞くところによると。とにかく傲慢で、事あるごとに幼女をさらい、逃げ足だけは速い。しかも無職のブサイク男なんだとよ」
 何だと?
 ルナンはしばしフリーズした。
 ひたすらに傲慢で、逃げ足だけが取り柄のロリコン?
 俺が、救いようのないとんでもないブサイク男?
 無職のほうは……、間違ってはいないな。二日前までの話だが。
「ふッ、……」
 ディオルが隣で含み笑いした声が聞こえた。
 眼鏡に触れる音。
「ほほぅ。そんなだと、やたらと目立ちますねえ!」
 ディオルの奴め、なんとわざとらしい演技なのか。
「んな怪しげな者が検問を通るなら、王都連中もすぐにわかるだろうになあ?」
「まったくだ。スグに見つかっていそうな者なのだよ」
「そっ、そうなんだあ~! こわいねー!」
 がんばって会話に合わせたらしい少女の、裏返った同意をトドメに、ルナンはすっかりヒットポイントを削られた気分になった。本人を前にやめないか。
「……なあ、俺らは今日急ぎだ。もう良いだろうか」
 騎士たちが驚いてルナンを見遣った。
 今のは俺が悪かった。己が思うよりもドスの効いた声が出たし、無理もあるまい。
「おお……曖昧な質問をして悪かった。さ、入ってくれ」
「ええ、気をつけますねー」
 そういったディオルが二人の肩を抱え、すたこらと扉の奥へと消えていった。

 





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