DR+20


四幕『旅ギルドなんて嫌だ』



 エスタール王国、科学街サイフェル。
 王都アベルツを抜け出した三人は、かの街へと黒鉄のバイクを走らせました。
 私ことディオルと、青年と、少女。
 茜色の空をバックにどどんと三人乗りです。
「日が落ちる前に、一旦休息を取ろう」
 と、言い出した青年はルナンさん。突風を受け、紫の目を細めていました。
 こちらなんか向いて、よそ見すると危ないですよ。
「道中で休息というと、野宿になりますか」
「えっ?」
 その背中にしっかりと抱きついている小さな女の子。
 彼女の名前は、クルミです。
 高く結い上げた金髪が可愛らしいです。高い声が続けます。
「どうして? 今日は、このまま行かないの?」
 そう。日が落ちたとしても、我々が乗っているのは陣機械クロムディアです。ライトでもつけて走行すれば、到達が困難な距離ではありません。
 乱される銀髪をそのままに、ルナンさんは言葉を切り返しました。
「深夜に辿り着いても、都会は高い宿代酒代を請求されるだけだろう」
「私はなんでも構いませんが、お金の心配なら要りませんよ?」
 支払いますから。と、私は言外に言い含めましたが、彼は低い声を吐きます。
「ならば俺は、その辺りで野宿がいい。気楽だ」
 気楽。強気な発言のわりに、ハンドルを持つ手が震えていました。
 あれは、車体が左右に揺れていると関係アリと見えるのですが。
「じゃあ、そうしよ! みんなでいっしょに休憩!」
 ほんの少し私が黙っているうちに、クルミさんの一言であっさり決定。
 一番後ろで立ち乗りな私としても、その提案はありがたいもので。
「あす朝、街に入ることにする。予定はある程度練っておこう」
「了解です」
 
 
 
 夕刻。私たちは、崖下で野宿をしました。
 存外、悪くない夕食でしたね。狩りたての獣ビーフなんて、そうそう食べられる代物ではありません。彼は多彩な朱魔煌フラムヴィレラも使える上に、即興料理も振る舞える模様です。肉がパサついているのは、ご愛嬌。
 深夜も骸霊ガイレイが湧き襲ってきますので、男二人交代で見張りをしていました。
 それを差し引いても、ルナンさんの睡眠は、浅かったように思います。
 
 
 
 朝方に出立します。
 大型の黒いバイク。乗り心地は今日も快適です。
「気持ちの良い朝ですねぇ」
 淡い陽の光を遠目に見やりながらの道中はよいもので、私も、表情筋が綻んでしまいます。
「今日は協力者を見つけ次第、万全で遺跡に潜るぞ」
「うんっ! ディオル、依頼がんばるね!」
「はいはい」
 さて。私による依頼の協力者は、うまく見つかるのでしょうか。
 ひとまず空でも見て、戦女神セリスィ様にお祈りしておくことにしますかね。
 
     ◆     
 
 涼しげな空気に包まれた朝。
 草原から、敷き詰められたタイルへと足を踏み出す。足裏に石の感触が伝わって来た。
「すぅー……」
 大きく深呼吸をする。そうするだけで気持ちが落ち着く。
 辛い記憶は、日差しの中では薄れてくれるように感じた。
 ミザリのためにも、俺は生きてゆかねばならない。
「行こっか、ルナン!」
「ああ。ふたつ目の都だな」
 鉄の馬……バイクというのだったか。あれは外の茂みに隠しておいた。
 あくまで盗み物だし、見つかると厄介だからな。
「では、気をつけて対応しましょう。とくに、クルミさん」
 ディオルは低く屈んでみせると、人差し指を一本、自身の口元に寄せた。
「もしも、分からない会話があった場合は、私たちに同調、なるべく態度を合わせてください」
「わかった! ちゃんとお話きいて、みんなを困らせないようにするね」
 クルミも男と鏡合わせに真似っこをして、はにかんだ。
「問題ない。俺たちで話を終わらせればいい」
 そう言ってルナンは、柱の角を曲がる。
 端からすれば少々おかしな会話であるが、仕方のないことだ。なぜなら向かう先は、街の出入り口で行われる身分検問。つまり、追われている身として、越えなければならない関門でもあった。
 槍の柄が地を打った。二人の騎士が、仁王立ちで一行を出迎える。
「立ち止まれ!」
「旅ギルド《闇夜の流星》だ」
「よろしくお願いします」
 対面して間髪を入れず、ルナンたちは言葉を切り出した。
「ほー、旅ギルド? 珍しいではないか」
 門番の騎士が唸る。朝から労働、ご苦労なことである。
「しかも申請日がきのう? おいおい、期待の新人だなぁ」
「えへへ、これからご依頼なの!」
 クルミがいつの間にやら服の上の方にギルドバッジを服につけていた。門兵に駆け寄って、明るい笑顔を振りまいている。
 ディオルは一歩前に出て、少女の真横に並んだ。
「そういうわけで、この街で揃えたいものも多いんですよ。旅もラクじゃないんですよねぇ」
 ところで、こいつは依頼主のくせに、なぜ身内ヅラをしているんだ?
 後ろで微妙な表情をしている俺へ、騎士が語りかけた。
「あんたもまだ若いのに、立派なもんだよ」
「う、うむ」
 ルナンはなんとなく面映くなって、胸に拳を当てると、会釈をした。熱い視線を感じる。一方の騎士は、いい顔で笑ってみせた。
「良いぞ、通れ。ちょっと待ってな」
「ありがとう、キシさん!」
 昨日と相変わらぬ、緩い検問である。
 赤い制服から覗く白手袋が、レンガの壁に触れた。口元を覆って詠唱をすると、特殊なブロック状の扉が蠢いていく。王都のものとはまた違うな。これも、騎士団秘匿の結界だろう。
 そういえば、旅ギルドを名乗るたび、妙に驚かれている気がする。世間では、旅ギルドというのは特別なんだろうか。
 なにか、俺の知らないようなことがあったのかもしれない。
「そうだ。諸君は、王都方面から来たのであるな?」
 俺がそうこう考えていると、門兵の片方に引き止められた。個々で同意の仕草を取った俺たちの顔を見、騎士はひと息置いて言った。
「すこし聞きたいことがある」
「はあ、どういった趣旨のことでしょうか」
 めんどくさい、という意思を隠さず向き直った男に、頭の硬そうな騎士は刺々しく言い放った。
「この近辺に、人殺しがうろついているとの情報が入っている」
「殺人鬼とは……物騒ですねえ。なにか特徴は?」
 本能的にいやな感じがする。騎士は堂々と問うた。
「特徴は『全身黒衣で、奇妙な魔煌ヴィレラを使う大剣使い』だ。心当たりはないだろうか」
「えっ……?」
「ほほう」
 若干あぶない反応をした少女のとなりで、ディオルが俯いた。そのまま、ほんの少しだけ頭をこちらに向けた気がした。
 きっと目線は向けられていない。あいつなりのサインだ。
(アレは俺のことだろうな、間違いなく)
 どうしたものかと思ったが、しかし直後、騎士二人が勘付かない滑稽さの理由に思い当たった。
 そうか、衣服だ。
 ルナンの装いは正面から見ると、銀髪も相まって上半身が白っぽく見えるのだった。
 それに、何もないときに古代魔煌オールドヴィレラなど使わないだろう。
 ましてや例の大剣など、いつでも持っているはずがない。
 これなら気付かれまい。
「知らんな。噂なら、時折小耳に挟んだが」
「わかった。ご協力、感謝しよう」
 ルナンはうまいこと誤魔化した。
 目の前の男が、顔を上げて口を挟む。
「第一、黒衣の剣使いなんて、世界中いくらでも居そうですけどね」
「ふむ。違いない」
「それが……違うんだ。聞いた話では、そいつはもっと目立つんだ」
 詠唱が済んだのであろう、隣の明るい騎士の言葉だった。奴は雰囲気に似合わず悩みこむと、迷いを吐露するような声音で語りかけた。
「聞くところによると。とにかく傲慢で、事あるごとに幼女をさらい、逃げ足だけは速い。しかも無職のブサイク男なんだとよ」
 何だと?
 ルナンはしばしフリーズした。
 ひたすらに傲慢で、逃げ足だけが取り柄のロリコン?
 俺が、救いようのないとんでもないブサイク男?
 無職のほうは……、間違ってはいないな。二日前までの話だが。
「ふッ、……」
 ディオルが隣で含み笑いした声が聞こえた。
 眼鏡に触れる音。
「ほほぅ。そんなだと、やたらと目立ちますねえ!」
 ディオルの奴め、なんとわざとらしい演技なのか。
「んな怪しげな者が検問を通るなら、王都連中もすぐにわかるだろうになあ?」
「まったくだ。スグに見つかっていそうな者なのだよ」
「そっ、そうなんだあ~! こわいねー!」
 がんばって会話に合わせたらしい少女の、裏返った同意をトドメに、ルナンはすっかりヒットポイントを削られた気分になった。本人を前にやめないか。
「……なあ、俺らは今日急ぎだ。もう良いだろうか」
 騎士たちが驚いてルナンを見遣った。
 今のは俺が悪かった。己が思うよりもドスの効いた声が出たし、無理もあるまい。
「おお……曖昧な質問をして悪かった。さ、入ってくれ」
「ええ、気をつけますねー」
 そういったディオルが二人の肩を抱え、すたこらと扉の奥へと消えていった。