夕刻の手紙


二幕『引き受けてください』


 
  


         ◆
 
 時刻は昼前。
 エスタール王国の王都・アベルツの周囲は、三ケルト*約三キロ以上はあろうかという楕円型の外壁で覆われている。
 一行は王都前の検問所へ来ていた。
 
「そこで止まれ!」
「ギルド〈闇夜の流星〉だ」
「おねがいしまーす」
 
 案の定、騎士団の男に足止めをされた。
 王都の外壁には出入り口としておよそ数十の門が設置されており、そのすべてに腕利きの門兵騎士がいる。昼夜交代で、二十四時間監視している。
 王国の法により、定職者でなくては王都に出入りできない仕組みなのだ。つまり、ここを抜けられなくては、依頼もなにもあったものではない。
 
「ほー、旅ギルドな。このご時世に珍しい」
 少女が手に持つギルドバッジを観察し、門兵は唸る。
 例のごとく異界に送り返した骸霊ガイレイ・アールズはこの場にいない。
 二人きりのギルド名乗りというのは怪しまれそうな気がして、ルナンは適当な言い訳に舌を包む。
「メンバーがあと一人居るんだが、体調不良で不在だ」
 
 門兵は、至ってフツーに頷いた。
「よし。通っていいぞ」
「わっ、ほんと?」
「もちろんだとも。こんなキラキラなバッジ、俺は初めて見たな。新人さん、これから頑張れよ!」
「あ、ああ」
 青年が思わず拍子抜けする。
 
(なんか、とってもカンタンだったね)
(人間化アールズでも、バッジがあれば入れたんじゃないか?)
 
 門戸が開かれるのを眺めながら、少女と青年はそんな風に思った。
 片手で魔煌ヴィレラの起動をする門兵。
「だけど今、王都の街中ではぶしつけな者がいるとの報告もあるからな。きみらも、気をつけるんだぞ」
「ありがとう! キシさん」
 
 巨大な扉が開くと、二人は揃って息を呑んだ。
 最初に目に飛び込んでくるのは、視界いっぱいに広がる赤、茶で統一された由緒正しい街並みだ。
 
「わあっ、きれーい!」
 少女は小躍りになった。
 街は、何かの記念日かと疑うほどの、大勢の人々で溢れかえっている。
「うお……」
 道行く人々が見上げるものは、外壁による赤茶色の背景に存在を主張する純白たち。
 
「きゃー! なにあれ、おっきいお城!」
 一層高くそびえ立つ、白の豪華な王城。
 そしてその近くに、黄金のベルが光る縦長の建物――こちらは教会だろうか。背景の青い空によく映えて美しい。
 目を凝らしていけば、人々の中には、明らかに王国民ではないと分かる衣装の“外国人”も多く居た。門を入ってすぐは、稼ぎどころと言わんばかりに多くの露店が立ち並ぶ。
 
「ここが王都か。すごいな」
 素直な感想が、青年の口をついた。
「ね、ね、どこから回ろう! わたし、近くであのお城が見たいなぁ!」
「待て、俺らは観光に来たのではないぞ……」
 見れば、クルミが目をキラキラさせている。
 
「ほわぁ、お店がたくさん、人がいっぱい! ルナン、どうしよ、どこから行く!?」
「だから……」
 観光ではない。依頼主を探すんだぞ。
 しかも地味にお尋ね者である俺を、街中で名指し呼びする悪癖がまったく直っていない。俺の連れはどいつも、こいつも、ほんのちょっぴり頭が足りていないらしい。
 湧いてくるあまたの苛立ちを、ルナンは眉間を揉んでやりすごした。
 
「えへへ、美味しい匂いがするなぁ~。お肉かなぁ?」
「おいっ、無用心に動き回るなとっ」
 クルミがるんるんと歩を進めるので、ルナンは仕方無しに後を追う。
 街中の雑音の中、異質なやり取りを耳に挟んだ。
 
「例の……一昨日の件は結局どうなった?」
「ああ、ラスク町だろ。やっぱ酷い惨状だぜ」
「虐殺犯、銀髪の男だって? コエェなぁ」
 周囲はこんな祭り騒ぎだというのに、明らかに声のトーンが低い集団へとルナンの意識が留まった。
 露店などには目もくれず道の隅を闊歩する、ガラの悪い若者たち。
 
「銀髪の男って方はデマだと思うけどな。それより、面白いニュースがある」
「また賭け事か。なら早速、C地点だ」
「おいおい、金になるんだろうなぁ」
 
(ラスク町、銀髪の男。ニュース、賭け)
 
 ルナンは男たちの会話にひとつの確信を抱き、クルミに声を掛ける。
「ここいらの店を見ていろ。遠くへは行くなよ。必ずすぐに戻る」
「ほぇ……ふーん、じゃあお店見て待ってるね!」
 
 少女の返答を待たずに、青年は道を逸れた。
 光に溢れる商店街の明かりが、一切届かぬ細い路地裏へと入っていった集団を青年は尾ける。
 日陰、冷たい壁に背をつけ、行き止まりと思わしき奥の空気を肌で感じた。
 
「聞いたぜ、例の…………だってよ。もう、一面血の海だそうだ」
「そっちのがデマだろ、あの教会本部が帝国軍と…………んて」
 
(教会が?)
 
 仲間内で囁き合う声音。距離的に細部が聞き取れなかったが、ルナンは路地の死角ギリギリで目立たぬように耳を澄ました。
 貴重な情報を逃すわけにはいかない。
 
「あそこに王国直属の騎士団が出向かわなかったのが証拠さ。王国教会と帝国軍は繋がってる。どうだ、これ。面白い賭けだろ」
「お前、教会本部の白黒を賭けに使うのかよ!」
「あの様子なら絶対黒さ。そこを利用して、あいつらを裏からゆすればいいんだ」
「広まりゃあ、聖職者の権威とかドン底じゃん。一体何百人……何千人が釣れるか」
 
 一人の含み笑いに釣られ、場の全員がせせら笑い始めるまでを耳にするや否や、黒衣の青年は霧のように踵を返す。視界に光がちらつき始める。
 ルナンは内心、やはり、という思いを強めた。
 
「キナ臭い」
 どうやら一見平和なこの王国は、間違いなく内側から腐ってきているらしい。それでも、なるべく怒り任せに騒ぎを起こしてはならない。
 出来れば昨日――港町でも、静かに偵察をしたかったのだが。せめてこの王都では詳しく知りたいことがある。
 
 そうして、元居た商店街へ戻ってきた。真っ先に人で溢れかえる辺りを小さな金髪がうろちょろしていないか、目で追う。
 街中はあらゆる喧騒で満ちている。
 それらしい影を目視して、青年は人の波を掻き分けて一つの露店へ向かった。
 

 


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