夕刻の手紙


一幕『旅をしたい』


 
  

 
「ルナン・シェルミクーッ! とうとう見つけたぞ!」
「げっ」
 男の喉奥が軋んだ。
 凛とした声の主のほうを見れば、ひとつにまとめた癖のある黒髪を揺らして、赤い制服に白の甲冑を纏った女性が、びしっと槍を構えて立っている。
 そう、街中なのに槍を構えている。
 
「ふ。目立つ黒装備で、のんきに町まで繰り出してくるとは。悪運の尽きだな!」
 お前に言われたくない。心の底でルナンはそう叫んだ。
 背後で「騎士の偉いさんと知り合いなん? うそやろ?」だの何だの言っている商人の声を聞いている余裕はなくなった。
 
 あまりの唐突な出来事に、
「え……? あなた、だあれ?」
 クルミがぼうぜんとしている。それが普通だろう。
 
 それを見て、騎士はハッとした。
「そ、そのような子どもをたぶらかすとは! きさま、ついにそこまで落ちぶれたか!?」
 ルナンはカッとなった。
「誰がだ馬鹿者! この様子が人攫いに見えるのか!」
 
 周囲の人々がざわめきこちらを見やる。耳ざわりなささやき声。
「見えるなぁ! きさまは幼子の弱みにつけこんで、従順にさせているに違いない! そして隙あらば自宅に連れ込んであんなことやこんなことを……ッ」
「お前の目は節穴か!」
 少女を自宅の水浴び場に連れ込んだのは、あんなこと、と呼べそうではあるのだが、ルナンはそれを都合よく棚に上げている。
 ぎゃあ、わあ、と広場のど真ん中で不毛な言い争いをしている二人を交互に見比べて、クルミはおずおずと気になったことを訊いた。
 
「ねえ、あの女のひと、ルナンのお友だち?」
『誰がだ!』
「ぴゃんっ」
 男女の声が綺麗にハモった。クルミは涙目で怖さを訴えた。
 
「今日という今日はゆるさん! 悪どい盗っ人の成敗……は許可されていないから拘束してやる!」
「知らん。勝手に話を進めるな」
 中途半端な騎士の勝手に、青年はうんざりした。
「逃すものか! きさまの働いた悪行の数々、決して許されるものではないっ!」
「それで?」
 ルナンを罪人扱いする赤い制服の女は、律儀にも報告書を暗記していた。ギロリと青年を睨み付けての宣言。
 
「罪状に、御者の一行を狙った窃盗、暴行、果てには殺人容疑が報告されている!」
 
「殺人……」賑わっていた周囲の空気が、一瞬で凍りつく。
 視線が罪人を刺す。
「は、えぇ!? 兄ちゃんホンマに悪人か!」
「ちがうもん! ルナンはそんなわるいひとじゃないもん!」
 隣のクルミは噛み付くように反論したが、その前に立つルナンの返答は至ってシンプルなものだった。
「その罪が、何だというのだ」
 ルナンが悪びれる様子も無く肯定するのを確認した女騎士は、懐から銀の笛を取り出すと、ピピーっと高く吹き鳴らした。いよいよ町の人々がどよめく。
 
「騎士団七番隊隊員、カイナ・ヨラスト! 悪しき罪人を発見、ただちに捕縛する。応援求む!」
 カイナ自身の地声とは思えぬ、町中に響く大音響。あの笛には、拡声術らしき魔煌ヴィレラが掛けられていたらしい。
 ひとり、ふたり次々と赤い制服の騎士が広場に集ってくる。
 
「な、なに? なになにっ」
 いつもなら、このまま適当に撒いて逃げるのだが、今回ばかりは事情が違う。
 ルナン側には少女が居るので、上手い身動きが取れそうにないのだ。ジリジリと広い通路の中心に追い詰められてゆく。
 
「やばいな」
 あれ一人ならまだしも、雑魚が増えるのは民間人に騒ぎが広がって都合がわるい――厄介なことになった――ルナンは対処法を考えあぐねていた。
 俯く耳に、少女の声が聴こえる。
「ルナン、こわいひとがいっぱい……」
 全方位を完全に囲まれたルナンたち。人々の目にはきっと、罪人と小さな人質に映っていることだろう。
 
「さあ! おとなしく投降しろ」
「ふん」
 一歩も動く気配のない罪人。
「やっと観念したか?」
 ルナンはかすかに笑った。
「昨日までにこうなれば、捕まってやったかもな」
 やはり駄目なのか。そう悟ったカイナは、さまざまな感情を押し込めて号令を発する。
 
「騎士隊員、突撃・拘束せよ!」
「おぉおおー!」
 
 銀の青年はその言葉に、鋭い眼光を煌めかせた。
 やむを得まい。
「黙れ。邪魔立てするなら容赦はせぬ……闇よ――!」
 顎を上げ不遜に見下ろす。すると、普段は黒衣で隠れている左首筋、血色にも似た――気味の悪い色だ――赤紫色のアザが露呈した。
 漆黒のマントがはためき、周囲が黒と紫で混ざった奇妙な無機物に満ちる。
 
「えっ、それ、って」
 クルミが瞳をまん丸くする。なぜか背筋が凍って、いやな気持ちになる。
 その行為は少女の記憶の深い部分を、確かに揺さぶった。
 
「盗人が、なにを! 構うな隊員、剣を抜け!」
「来い――力を寄越せ!」
 二人の異なる大喝。
 ルナンは大きく右手を掲げた。瞬時に無機物が右腕に集結し、手のひらを中心に細長く形を成す。
 見紛うはずのない、暗い紫色をした大剣が青年の手に握られた。
 
「悪いが、決めたんだ。俺はお前らに構っている暇はなくなったので――なっ!」
「ぴゃん!?」
 唖然と固まっていた少女を小脇に抱え込んだ罪人は、向かい来る騎士団員に向かって一直線に突っ込んだ。一閃。
 
「道を開けろ!」
 騎士たちがどよめく。目の前の、いくらか聡明そうに見える銀髪の人物が。まさか――街中で追い込まれて尚、逃げ出そうとする無謀な悪人だとは思わなかったからだ。
 
「いやああああぁぁぁーっ」
 
 動揺した少女の絶叫がみるみる遠く小さくなる。ルナンは両の手に少女と大剣の重量を携え、それでも全速力で駆け始めている。
 
「追えっ、必ず拘束しろ!」
 騎士は一喝した。
 
「えぇ、ごっつい悪人からお金貰うてもうた……」
 商人ヒロは、棒立ちで見送った。

 


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