六章『僕の腕の痛みよりも』
“第54話 全面衝突”
時刻は既に真夜中、都の北方、〈サラリア街道〉から、地鳴りのような振動が伝わってくる。
数千の靴と、馬の蹄が刻む行進音──〈ガルニア帝国軍〉の進軍。
向かいに立ち並ぶは、先鋭の迎撃軍隊。
白銀の鎧に群青の軍服のをまとった公国兵たちが、街道を敷き詰めるように隊列を敷いていた。数多の刃が、月の光を青白く反射している。
〈テスフェニア公国軍〉防衛陣の中央から、一騎の将が静かに歩み出た。金の短髪を夜の風に流し、深く息を吸い込む。
「我こそは、〈テスフェニア公国軍〉大将、ラザリア・ジグマ! ガルニア帝国軍に告ぐ。この先は都ルオシュアン──ここより一歩たりとも、通さぬ。覚悟して来るがいい!」
ジグマ大将の大剣が、帝国軍の前列へ向けてまっすぐ差し向けられる。
一方、黒鉄の軍勢の前列で、黒衣の男が肩を揺らして笑った。
「御託なぞ要らん。弱者も、ここには要らん! 戦はのう、殺るか、殺られるかじゃ」
ギース元帥。男は刃を片手に、もう一方の手で魔銃を持ち上げ、銃口を敵軍へ向けた。
「ものども、殺れぃ!!」
「全軍! 出撃────!!」
両軍は激突する。
一発の銃声とともに、剣と盾が、激しくぶつかり合った。
戦場の中央を、一人の将が走る。ジグマ大将は大剣を振り上げ、更に迫る騎兵へ踏み込んだ。
「ラァ──ッ!!」
振り下ろされた刃が頑丈な槍を叩き折り、続く一閃が、敵兵を馬ごと地へと叩き伏せた。
ジグマの大剣が旋回する。大地をも抉る一撃が周囲の敵をなぎ払った。
「俺が都の前門だ、通すと思うな!!」
将の背を見た兵たちの士気が燃え上がる。
帝国の騎兵が突撃し、公国兵の隊列に食い込んでゆく。しかし、白銀の防衛陣は鉄壁であった。
それもそのはず。〈サラリア街道〉沿いには林と隆起した崖があり、そこから帝国兵に向かって弓矢の雨が降り注いでいた。
敵兵の闘志に負けじと、ギースが魔銃を幾度と発砲するも、僅かに身体をそらしジグマ本人が目の前に迫る。互いの刃で剣撃を受け、男たちは睨み合った。
「どうした、ギース? この程度か?」
「……ここまでのようじゃな」
言葉とは裏腹に、ギースの口元に怪しげな笑みが宿る。
刃を弾き飛ばし、眼前の戦況を見据える。
敵兵共の向こう側に、ルオシュアンの城壁が見える。真っ白い石壁。背の高い塔。都東部にひときわ高くそびえたつ、エーデル城。
その、さらに上空。雲の切れ間を裂き、大きな影が、姿を現していた。
夜空を覆う影────〈飛行艇〉。
展開された銀翼が、淡い光を帯びながら大気を震わせていた。
暇も与えず、ギースは取り出した小銃から、信号弾を放った。赤い煙玉が空に緩やかな弧を描く。合図に、進軍も速度を緩めた。
見上げた空の〈飛空艇〉が高度を上げたと同時に、腹部ハッチが開く。
直後、一筋の光が迸った。大型の方舟の放った光線は正確に降り注ぎ、都の城壁を穿たんとした。
──瞬間、轟音。
光線が都の輪郭に接触。閃光は都市部に影を落とし、七方向に散乱した。衝撃が壁面を走り、衝撃破となって消える。
帝国兵たちは口々に歓喜の声を上げた。
対して、ギース元帥は静かに都に目をやる。
「…………」
──違う、これは、してやられた。
武人としての勘であった。
見やる都の上空で、空気が歪んだ。薄い膜のような光が、中心から外周へと波紋を広げる。最初は揺らぎにすぎなかったそれが、次第に形を持って、人々の目に映る。
〈水の都〉全体を、半球状の光の膜が包み込んでいた。
「都市防衛……新型の〈結界〉か……!」
ギースは思わず奥歯を噛んだ。
再び、〈飛空艇〉による第二射──此度は無数の光が結界に衝突し、光の爆発が夜の都を染めた。
神速の攻撃が真白に弾けたが、揺らぐ薄青の膜は、変わらず都を守り続けている。
──〈飛空艇〉での空襲が、防がれた……!──
帝国軍の空襲を防いだことを切欠に、ジグマの振るう大剣が激しさを増した。大将に続くように、白銀の兵たちが勇む。
両軍衝突の熱は、より強く激しく燃え上がる。
白熱する戦闘を前に、ギースは通信機の発信ボタンを押した。
────……
──……
『──皆の者、聞け! 本隊、交戦中、戦況五分!』
────五分!?
ボス、シエル、メアリ、ロネ。
他、聞く者達はみな、驚愕した。
戦力の拮抗──先日の制圧模様からは、考えられない状況。ギースの無線通信は返事を待たず、即座に続いた。
『水の都で〈結界〉作動! 未だ展開中、第二部隊、対処求ム』
「──こちら第二部隊! 〈結界〉対処、了解した!! 手掛かりがあれば教えてくれ」
未だ続く、酷いノイズの音。
ボスのあまりに的確な言葉に、その場の誰もが応答を待ったが、ついには通信音が途絶えた。
「──ギース元帥! ……駄目だ、返事がない」
「交戦中だ、激化したかもしれん。今、自分らに出来ることをやるべきだ」
幹部の男、ファクターが即座にそう言葉にする。
地下水道を抜け、結社のメンバーの出てきた先は、〈水の都〉平民街であった。雑多な建物が立ち並ぶ、閑静な住宅街の中。
見上げた夜空に揺らぐ薄青の膜。──あれが、ギースの言う〈結界〉であろう。恐らく都全体に覆いかぶさるように広がっている。
メアリが不安げな声をもらした。
「……ねえ、ちょっと待ってちょうだい。私たち、裏切られるところだったんじゃないの?」
「うん?」
「空襲なんて、成功したらただじゃ済まないわよ」
首を傾げたボスが、心配性な部下の顔を見ながら静かにほほえむ。
「大丈夫。扱うのは光線弾、雷みたいなものだ。大きな建物を貫通しない程度だと聞き及んでいるよ」
「それでも……!」
危ないわ、と言おうとしているメアリに、ボスは優しく歌うような声音で言った。
「お互い無傷で済むとも思ってないが、信じていないわけでもない……。現に、帝国側はもう、負傷者を出しているからね」
ボスの言わんとしていることは、メアリにもわかった。
あの規模の戦闘行為で、人が傷つかぬはずもない。何かを切り捨て、そして切り捨てられる……。戦争の内側には常にそれしかない。
「利害関係と信頼関係。協力の基本ですな」
背後から声がした。振り向けば、あの老練な商人の姿があった。
スーツ姿に特徴的なシルクハット。白い手袋をはめた手でそれを軽く持ち上げる。
「あら……フラークさん!」
「ふふふ、いらっしゃい。早かったね」
メアリが振り向いた先に、フラークの笑みが見える。
ボスもまた〈柿色の商会〉の長に歩み寄った。
「フラーク伯! ここまでの導線、助かったよ。武人でないのに、大変な役目をさせてしまったね」
「いいえ、これこそ、武人にはできぬ仕事ですから。……寧ろ、ここからが本番ではないですか?」
「例の〈結界〉だね。……たしかに、厄介な代物だが……」
ボスは一度言葉を区切って、続けた。
「ある程度目星はつくな。〈結界〉というくらいだ、そういった大規模な術には、媒介となる〈核〉がある──それを、壊す」
「突飛な話ね……。核の場所は? どうやって見つけて、壊せばいいの?」
「場所は……ほぼ間違いなく『大きな建物』の中に収容されているだろう、が……ああ、そうだ、〈柿色の商会〉よ。“例の人物”を、ここに連れてきておくれ」
「……かしこまりました」
フラークが恭しく一礼する。
路地の隅から、別の男が声を掛けた。
「壊し方のほうなら、心当たりがあるぞ」
ファクターだった。ささくれた指で、懐から小さな金属筒を取り出す。
「この秋、新型の〈爆薬〉を開発した。時限式だ」
「いつのまに!」
シエルを中心に、わっ、と驚きの声が上がる。
「最近依頼をパスしていただろう」
「あ……」
ファクターは淡々と続けた。
「〈魔煌〉で破壊するにはある程度近づかねばならず、破壊担当の人間に危険が及ぶ。しかし、これであれば、現場から離れたのちに、安全に爆破できる」
ボスは、興味深げにそれを見ている。
「ファクターらしい戦術だな。さすがは我が〈結社〉の幹部だ、鼻が高いぞ」
「……本来、私用だ。四発分しかないぞ」
言いながら〈爆薬〉を手渡す。
「充分」
結社のボスの受け取った爆薬に、周囲の仲間の視線が集まる。
「なんか、物騒な品ですね……?」
「……でも、コレがあれば、奴らの〈結界〉を破れるのね」
幹部の男は首肯した。
そのときだった。
「んぐぐ……!」
誰かが、くぐもった声を上げる。
路地の奥から、荒々しい物音が近づいてくる。
なんと、乱暴にも縄で縛られ、さらに錠で拘束された青年が、商会の護衛傭兵たちの手で乱暴に引き出されてきたところであった。
「ウォン皇子……!?」
真っ先に彼の名を呼んだのはシエルだ。
美しい金の長髪は乱れ、味気ないは黒服を着せられてはいるが、その顔は誰がどう見ても──公国の第一皇子、ウォン皇子であった。
「ゲホ……おい、ブラックギルドども。この僕にこんな扱いをして、今後まともな生活を送れると思うなよ……」
彼の顔には疲労の色が浮かんでいる。それでも、口調だけはいまだ尊大だった。
「〈結界の核〉の場所を教えよ」
ボスの声は淡々としていた。驚きという色がまるでなかった。
「教えるとでも思ってるのか? 本当に頭がおかしいな貴様ら……」
「うん?」
次の瞬間、皇子の身体がぐいと引きずられる。
路地裏へ。鈍い打撃音が壁に反響した。
「うわわ……結社のボスさん、やってしもてるやん……」
「おいルド坊、……仕方ねぇだろう? 戦闘中だ。綺麗事言ってらんねえぜ?」
せやけど、と半ば引いてしまっているルドルフとヴェルダム。鉱山地区の民間人ふたりの反応こそはまさに常人のものであろう。
「…………」
シエルはつい、考え込んでしまった。
かつて見たニュースペーパーの、『皇子誘拐』の文字。〈湖畔の町〉の被害模様……。
……誘拐も拘束も、ボスの行いとして、全部事実だったのだ……。
つまり、ザイアの人たちの被害の多くも、間接的には……僕らの遠征のせいか。これは胸に来る……。
「ごめん……悪かった、言う、言うから…………」
声が震えている皇子を引きずって地べたに座らせ、ボスは問い直した。
「核の場所は?」
「教会。教会だ……北を除く教会……東、西、南。それぞれにある」
「なるほど。それは、壊せないね」
「ふん……そうだろう、いかに平民といえど、戦女神様の威光の前では……」
結社のボスは短く考えたのち、口を開いた。
「三手に分かれよう」
「は、はい!」
明瞭な指示に、緊張が走る。
「分けるならば、前衛は分散したほうがよい。君とロネは東と西で別れろ。それぞれ、行動の読める者を連れて行け」
彼女はシエルとロネを交互に見た。ロネは少し視線を逸らしてから、口を開いた。
「ンじゃあ、オレはルドとヴェルで。放っとくと死にかねねぇ」
「じゃあ僕は、メ……あの、彼女を……」
偽名のせいで昔のようにどもりながら、シエルは姉・メアリを手で示した。
ボスの指示が飛ぶ。
「ファクター、彼は年若い。お前が付いてやれ。私はレイミールを連れて、南へゆく。……フラーク伯は……」
「お構い無く、退避中の民衆に紛れておりますよ」
「ならいい。では────」
「おい!! 貴様ら……正気か!?」
ウォン皇子の声が響く。
「こんなこと、許されない。大罪だ。処罰が下るぞ。例え力で僕ひとりを抑えたとて、民衆の目がどこまでも貴様らを追い詰めるだろう……!」
ボスはゆっくりとウォンを振り返った。一歩、一歩と近づいていく。
「……貴公は、己を見たことはあるか?」
低い声だった。
怒鳴りつけるような声音ではない。むしろ落ち着き払っている。ボスは、服の裾から取り出した光る物をウォンに突きつけた。
「は……ヒィッ!!」
男の喉から、情けない悲鳴が漏れた。
皇子の首筋に、銀のナイフが迫っている。
背後の路地へ身体を押しつけるが、彼に逃げ場はない。
「こうして、人にナイフを向けた経験は?」
「無い! 無いに、決まってるだろ!!」
必死に首を振り、否定する。
その様子を、ボスはじっと見つめていた。
感情の読み取りにくい視線を向けたまま、彼女は再び口を開く。
「貴族どもの下した命令で、これまで、どれほどの人間が人を殺し、殺されたか、数えたことはあるか?」
狂気の刃と、強い言葉が、原始的な恐怖を呼び起こす。──今の彼女から感じ取れるのは、強い、強い、貴族への怒りの感情だった。
「答えろ」
「う……ぅう……ッ」
「答えなければ──」
横から伸びた手が、ボスの腕を掴んだ。
「……ボス……やりすぎです」
シエルだった。
その細腕で、意外なほどに強い力で止めている。彼の表情は真剣だ。
ボスはしばらく動かなかったが、やがて、ナイフの刃を下げた。
「貴公らのほうだよ。真に民衆から罰されるのは。……我々〈結社〉とて、所詮はそれらの一部でしかない……」
背後で皇子が小さく息を呑む。
ボスはもう振り返らなかった。
代わりに、同じ路地に立つ仲間たちへ、視線を向けた。
「〈結社〉諸君! 新たな作戦だ。各教会の〈結界の核〉を破壊せよ!!」
断ち切らねばならない悲劇の為に。
一同は思い思いに、口元に笑みを飾った。
「了解、ボス!!」