夕刻の手紙


六章『僕の腕の痛みよりも』


 
  

 テスフェニア公国、水の都・ルオシュアン。
 華やかな都の中央部に位置する、王城こと〈エーデル城〉にて、現在は三人の将が会議室に集っていた。
 
「何度、何度潰しても、湧いてくる……」
「そろそろおさめろよ、アークス」
「ムカつくな……。あのとき仕留め損ねたのがすべてだ」
 すっきりと切りそろえられた深い青の髪。群青の瞳。シウム・アークス──端正な顔を怒りに歪ませ、ぶつぶつと愚痴を吐いている陰気な男。
 
「まーだ根に持ってやがるのか」
 年下の彼をいさめている、金の短髪の将。ラザリア・ジグマ──快活な印象の大柄な男。
 
「命があったんだから、よかったじゃないデスか」
 特徴的なイントネーションの敬語。アイン・ミストレル──彼女の高く結った青髪が揺れている。
 
 彼女こそ、夏の公国記念祭の場で起きた反乱により、死にかけたアークスのもとに駆けつけ、煌力鉱石レラジエジンを使った張本人だ。
 当時のミストレルの判断により、アークスは死の淵より生還し、こうして大戦のための会議に出ることができている。
 
「──あぁ、そうだね。君の、おかげだな。奴らの命が今もあるのは最っ悪だけどね」
「帝国軍の……デスか?」
「あの〈結社〉とかいうブラックギルドのほうだよ!」
「……ア〜」
 
 ジグマが、まただよ、と言うように首を振る。
 
「僕は、アイツだけは許さない。結社の下賎な獣。いや、あの天パの犬もだ。朱髪のハーフエルフも、トップのクズも! 奴らが懲りたとは思えない……。次出て来たら、存分に屠り尽くして、一生消えない屈辱を味わわせてやる……」
 
 猛烈な呪詛をまくし立てる。
 防戦だったとはいえ平民にやられかけたという事実は、元貴族の名家出身のアークスには耐え難いものだった。
 たとえ上司との会議の席だろうとも、怒りの情を優先する程度には、現在の彼は私怨に取り憑かれていた。
 
 ジグマはハッキリと言い放った。
 
「そんなことより、今、やるべきことがあるだろうが。帝国軍の迎撃! ヤツらが今が好機と迫ってんだ!!」
 会議室の中央に据えられた卓の上で、大判地図が展開されていた。
 
「──ここだ!」
 テスフェニア公国周辺の地形をも表す詳細な地図。
 ジグマは指でその一点を叩く。
 
水の都ルオシュアン北部・〈サラリア街道〉。帝国軍の部隊が、恐らく、もう二日後にはここを通る」
 
「……随分と、ペースを早めてるんデスね?」
 ミストレルが眉をひそめる。
 
「あぁ。奴らには、これと決めた秘策があるらしいな。今、策を打たねえと、前線が持たねぇぞ」
 ジグマは無感情に続けた。
 
「迎撃として出せる部隊は混成部隊。正規兵は七百と少し。“助っ人”は二百だったか。これだと……」
 視線がアークスへ流れる。
 
「わかるだろ? あのギースの軍隊相手だ。足りてねぇ」
「……ああ。そんなの……」
 アークスは苛立ちの赴くままに舌打ちした。椅子にもたれかかり足を組む。
 
「返り討ちにしてやりますよ。まだ残ってますよね? アレ」
 ジグマは眉を寄せた。
 
従隷エグリマの兵のことか? マトモな訓練させてねえから微妙だぞ」
「弱くても役に立つ方法なんて、いくらでもあるさ!」
 
 その言葉と同時に、アークスの口元が歪んだ。
 彼の瞳に理性の色は消え、薄暗な光のみが宿る。
 
「裂ける肉……血飛沫……!」
 
 陶酔したような声が、会議室に響いた。
 ……ああ、はじまった。
 ジグマとミストレルは、ほとんど同時にそう思い、無意識に顔だけ引いてしまう。
 アークス少尉は兵の統率能力こそは高いものの、それは彼の破壊欲望そのものから派生した歪な能力であった。
 
「か弱い愚民どもの苦痛に歪む顔! 考えるだけでゾクゾクすんなぁ!!」
 
 吐き捨てられる言葉には、もはや戦術も合理性もあったものではない。
 男のため息が落ちる。
 
「……おい、今のお前、変だぞ。〈煌力鉱石レラジエジン〉ってのは人を変えちまうのか?」
「うーん……もともとこんなだった気もしますケドね……」
「では、今回は俺が報告する。前線見たのが俺、一時撤退した責任も俺だからな。アークス、お前は黙ってろ」
「…………」
 
 アークスは答えなかった。異論の類において口さがないこの男が喋らないことは、ほぼ同意と取ってよい。
 ミストレルは困ったように、ジグマを見ていた。
 無言の部下を引き連れ、大将は部屋を出た。
 
 謁見の間へと向かう。
 大理石の回廊。天井には聖典画が並び、光が静かに反射している。
 衛兵の靴が床に打ち鳴らされた。
 
「ジグマ大将! お疲れ様です、どうぞお通りください!」
 
 重々しい扉が開いた。
 多数の護衛兵が脇に控える広々とした謁見の間。その真中をまっすぐに歩いてゆく。
 進み出た先。
 三人の兵は、玉座の前にかしずいた。
 
おもてを上げよ」
 
 言下に見上げれば、悠然と玉座に座る男と、目が合う。
 碧眼。美しく整えられた金の髪。
 年輪が刻まれた顔には、相応の余裕が滲む。
 
「──ヴェルス大公」
 
 青い羽織りと、金の王冠とともに。
 男は、一国の王の威光をその身に纏っていた。
 
 
 
六章予告(2026/01/31 〆)
– Next comming soon!!
 


  Category & Tag :