夕刻の手紙


三章『公国を止めるために』


 
  

 ──……
「止まれ!」
 草土の道筋は終わりをむかえ、レイミール一行は大橋の前に立つ。
 テスフェニア公国の記念祭期間、水の都に入るには、身分証明が必要であった。
「身分を明かせ」
「……エスタール王国の旅ギルド〈灰の伝書鳩〉よ」
 レイミールは、さらっと虚偽の身分を口にした。
 今回の民間人救出作戦のために色々と根回ししておいたのは、何を隠そう自分である。未だ公国に国籍のある己は、この手の工作に最も都合のよい存在であった。
 それを知る由もない検問の兵士は、手元の紙束を確認し頷いた。
「事前に伝え聞いている。通ってよしだ! よい旅路を!」 
 
 難なく都の門を通過し、古ぼけた街中を中央区の向かってひたすらに歩く。
 黒髪にバンダナを巻いた男が、彼女に笑いかけた。
「うまく来れたな!」
「そうね。ファクターのほうも、上手くやっているかしら」
 水の都・ルオシュアンは、構造上、坂道が多い。
 洋樽の置かれた酒場。小さな宿。手製の看板が目を引く道具屋。上り坂や階段をまたぎ閑静な路地を通り過ぎていく。 ヴェルダムの隣で、彼の友である金髪男ルドルフが、ため息をついた。
 
「いやー、あのシエルくんたちのことや。きっと今頃、この長ぁ〜い坂でヒーヒー言うとるわ」
「今のルド坊みてえにか? ハッハッハ!」
「もう、そういう話じゃなくてよ。あちらには、新入りちゃんたちと、ロネがいるの。ファクターは戦闘は主体じゃないし……」
「なぁに! 無問題モーマンタイ!」
 自信満々ね、と返したレイミールに、普段は武器屋の店主であるヴェルダムはガッツポーズで応えた。
「おうよ! 何せ、全員おれの特製武器じしんさくを持ってる。特にロネ坊の奴には、新作の銃が付いてるからな!」
「アラ、そう。どんなものをお作りになったの?」
 
「あっ! レイさん、それはあかん……」
 ルドルフが気づいたときには、もう遅かった。
 ヴェルダムは顔全体をキラキラにして、すごい勢いで語り出した。
 
「聞いてくれるのかぃ!? 〈魔煌ヴィレラ〉が必要ない新世代の魔銃のハナシを! コレはなんとなあ、体内の〈煌力レラ〉を使わず、鉱石から充填させた自然の〈煌力レラ〉エネルギーだけで、炎の弾丸を放つことが出来る優れものなんだ! まず、従来の補助魔銃とは、根本的に作りが違うのさ。わかるかぃ? すんげぇだろう!?」
 
 武器屋の職業病というべきか、誰も聞いてもない仕様を語るヴェルダムに、結社の幹部レイミールは瞳を閉じて黄昏た。
「……そう、そうね、安易に聞いてはいけないのね。学ばせていただきましたわ」
「アーッ怖い怖い! あかんってヴェルダムの旦那も! それ以上は!」
「オイオイ、まだよ! ここからがいいところなんだぜ!?」
「気持ちはわかるけど、抑えて!」
  レディ相手にそれはご法度てやつやん、とヴェルダムの肩を掴むルドルフの後ろから、声がした。
 
「きっと、大丈夫じゃないよ」
 若い声だ。振り返ると、褐色肌の男の子がこちらを見上げていた。
「ボク、聞いちゃったんだ。船で、ロネ先輩とレイさんが話してたこと」
「……ロゼス。いけないコね」
「聞こえるところで話すほうがいけないんだ」
「それに特段、異議はないけれど。黙っておくのが、大人への第一歩ですことよ」
「あっそう。大人って矛盾してるな」
 
 ヴェルダムは高い背丈を少しかがめながら、彼に問いかけた。
「聞いちまったことってのは、おれらの知らないことかぃ?」
「さあね。とにかく、アンタらの目は節穴だと思うよ」
「どうして、そう思う?」
 
「前々からそうさ。どう見たって、普通じゃない。先輩の貴族や軍人への態度はさ。キレやすくて短気なところも、あれが弱さじゃなくて、なんなんだよ?」
「きみ、ちょっと……」
 言い過ぎやで、とルドルフが言い返そうとしたのを、他でもないヴェルダムが手で制した。
「心配は結構だが……、分かってねえのは、ロゼス坊やのことだな」
「なに? ボクがおかしいって言いたいの?」
 黒髪男は、明確に首を振った。
 
「違う。奴の強みを、知ってるか? 努力家なこと、明るいこと──それと」
 コレはおれらもだろうが、と言葉を継いで、男は告げた。
「こんなふうに、たくさんの仲間に恵まれたことさ」
 
 少年は、納得いかない、という顔をしたが、男たちは口元に笑みを浮かべて幹部・レイミールの方を見やった。レイミールもまた、目元を細めて首肯した。
 都には初夏の温かい風が吹いている。
 秘書は自身の大切な部下と、意固地なボスのことを思い浮かべていた。
 
 
     ◆
 
 
 雲まで続くのではと錯覚するような、長い通路階段。
 最後の一段を踏みしめたヒールブーツの音が、天空に響いた。
 
「見たまえ。この景色を……」
 立ち入り禁止と書かれた時計台の上、女はルオシュアンの街並みを見下ろした。
 漆黒の髪が、赤黒いマントが風にそよぐ。彼女の斜め後ろから、低い声が返答した。
 
「こりゃ見事な街並みだな。観光地の詰め合わせって感じだ」
 言いながら、男のタンカラーのローブが揺れた。
 今は片腕に乗せた丸っこい鳩が器用に羽繕いをしている。新たな封書を筒の中に補充した。私はコルク栓を閉めて丸筒を背負ったハトを解き放つ。
 
 灰の伝書鳩は自由なようでいて、わき目もふらずに北東に向かい飛んで行った。
 
「〈テスフェニア公国〉という国は、いつもこうだ。美しく、煌びやかな栄華の象徴。汚い部分は、それらに覆い隠してしまう」
「どこのお国もそんなもんだろ?」
「──私は、そうは思わない。〈従隷エグリマ〉という制度がある以上は」
「……あぁ」
「罪無き路上の子どもを従隷エグリマにせんとする貴族どもを、私は決して是としないよ」
 古来からこの国に存在する〈従隷エグリマ〉の身分。
 人の身でありながら、人として扱われぬ者たち。
 〈従隷エグリマ〉の中でも多いのは、年若い子どもたち——それも、親元が分からぬか、親本人に売られたような——不幸な身の上の幼子ばかり。彼らは身分の低さや貧困さにつけ込まれ、資産持ちの道具とならざるを得ないのだ。
 
「愚かな権力者など……女神が罰さぬ以上、私が処するまで」
 どんな地位をもってしても、無垢な若者を傷付ける真似など、許されぬ。そこに傷付いた子どもがいるのなら、私が助けに行こう。
 〈結社〉創設当初から変わらぬ、誓いのひとつだ。
 
「──時刻まで、あとわずか」
 従隷エグリマ、民間人の救出作戦は、公国の祭りに割り込んで行う。千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。
 背後の男が、肩をすくめて進言した。
 
「なあ、全部俺らに任せてくれてもいいんだぜ? ギルド長はトップの人間なんだからよ。どっしり構えてりゃいい」
「君ならそう言うと思ったよ。だけどね、ラムダ。私はボスだ。“結社のボス”だ。そう名乗るからこそ……、他の誰よりも前に立つ人間で居なければいけない」
 
 わかるね? と肩越しに振り向いた彼女の、燃えるような赤の瞳を見て、ラムダは理解した。
 『結社のボス』という通り名は、巨大なギルドを、弱い人々を、烏合を束ねるための『強さの象徴』なのだろう。
 ただ事務椅子に座っているような人間には、務まるまい。
 
「は──それだけ聞けりゃあ、充分だな」
 ボスは同意を示した傭兵の男から目線を外すと、自身の胸元に左の手のひらをかざした。
『──風魔ふうま・我が腕はにえ・地の業より今解き放たれん……』
 〈煌力レラ〉の粒が宙を舞う。血がたぎり、骨の髄まで熱くなる。意志を込めて指を交差して鳴らした。
『ゆけ──〈禁忌の飛翔ウォラク=ウォラーレ〉!』
 出現した紺の輝きが人体に収束し──前に倒れ込むかたちで、女は時計台を飛び降りた。
 
「オー、派手に行ったな。あれで怪我しないってんだから、大したもんだ」
 ローブの男は、都の空に落ちていった女を見下ろした。黒い影が風を纏い、上空を泳ぐさまが見える。つくづく、人間離れした長である。
 ……だからこそ味方につくわけなのだが……。
「さあて──俺らも気合い入れて行くかね」
 もちろんだ、と呟く傭兵仲間たちは、それぞれ持ち場についた。
 持ち場、とはいうが、高台を降りるわけではない。男は長い漆黒の得物を構えた。