三章『公国を止めるために』
“第27話 〈大戦〉の足跡”
◆
結社一行は、緑の大地に降り立つ。
ザルツェネガ共和国よりも、やや温暖な気候。崖から飛び散る波音から潮風が吹いてくる。
建物のひとつもないだだ広いフィールドにへたり込んだ少年が、苦痛に喘いだ。
「う……うぇえぇぇぇぇっ……」
「だ、だいじょぶ……じゃなさそうね」
ハーフアップの朱髪の女性が、茶髪の少年に寄り添っている。
船酔いしてしまったようだ。しんどそうなシエルに、メアリは水筒からちびちび水を飲ませてやっていた。
蔑むような目で青年が見下した。
「めんどくせェな、クソガキが。魔煌で一気に水飲ませてやろうか」
ロネの暴言に対し、メアリが彼をじっと睨みつける。
「お腹壊すでしょ」
「知るかッつうの。こんなトコでヘバるヤツ、置いて行っちまえ」
吐き捨てて、青年はふたりから距離をとった。
「オーライ、オーライ! ──ストップ!」
「ストップ、──よし、オッケーだ!」
武器屋店主のヴェルダムと、ファクターが二人で船を固定すべく、太いロープを岸壁にガッチリと繋いでいる。
ここまで渡ってきた大型船。近くで見ると迫力がある。こんな、港でもない、森沿いの辺境で見ると、尚更だ。
メアリがボスに問いかけた。
「待って。こんなところに停めるの?」
「うん。人目につかないほうが、何かと都合がいいからな」
「よくこんな“都合いい”場所、見つけるのね」
「見つける……というよりは、作った、というべきかな? あの繋ぎも、昨年我々で用意したものだ」
「……いつも、こんな感じなのね」
「ウフフ、そうね」
秘書が朗らかな雰囲気で笑った。
確か、ガルニア帝国を脱国したときも、こんな感じだった。帝国では港でもない場所に船が停まっていて、異国に来たと思ったら、降り立ったのは港の隅っこだった。
あのときも、弟・シエルは初めて乗った船にひどく酔ってしまって、しばらく動けなかったのだ。体調不良から、その日は宿をとって、一日馬車の出発を遅らせてもらった程だった。
「ゲホ、ゴホッ──うう……」
「シエル」
ようやく顔を上げた少年をメアリが覗き込む。
「ごめん……。もう大丈夫だから」
言葉とは裏腹に、シエルの顔はまだ血の気が薄い。
レイミールが声をかけた。
「もし辛かったら、本当に少し休んでてもよくてよ?」
「い、いえ、すみません! 僕、やれます!」
ぶんぶん首を振って叫んだシエルの言葉に、ボスが力強く頷く。
「その心意気やよし。シエル、励めよ」
「……はい!」
結社のボスは、船の前のメンバーに向けて振り返った。
「さて。皆の衆! 物資を支給するぞ」
ボスの掛け声に合わせて幹部が集まり、順に物品が配られていく。
まずは携帯食。
都まではやや距離があり、移動に時間を要する。その際に水と食料は必須品である。
そして、膝丈のローブ。
結社の制服めいた服装では、現地で少々目立つから、ということ。
最後に、治癒の結晶〈煌力鉱石〉。これは、幹部にのみ少数渡された。必要に応じて使うようにするそうだ。
彼女の号令が飛んだ。
「ここで、部隊を分けようと思う。ファクター率いるA隊は、都の外周をぐるりと回って南門へ。レイミールのB隊は、都の北門、時計台のあるほうを目指して行くように」
「ボスはどうするんですか」
シエルが手を上げて質問する。
「私は、護衛とともに少数で動く」
「大丈夫なんです?」
ここは彼女にとっても異国の大地のはずだ。
少年が身を案じたが、結社のボスはフッと笑って答えた。
「心配してくれるんだね。涙が出るほどありがたい。しかし問題はなにもないよ」
「……な、なんで?」
演技めいたセリフ回しに、シエルの目が動揺に揺れる。思わずくせの敬語が外れながら問うと、ボスはひと言短く呟いた。
「ラムダ」
「おう」
淡いタンカラーのローブが揺れる。名を呼ばれたと思しき男性が、彼女の背後で両手を軽く動かした。ジャキ、と金属の硬い音が鳴る。
銃だ。ロネ先輩が持っていたのと、そっくりな銃。だけど銃身が長いものを、ラムダは装備している。
「遠距離のスペシャリストさ。雇われたからには、キッチリやるぜ?」
雇われの傭兵はニッと笑った。黒塗りの射撃用サングラスが陽光を反射する。
「は……初めまして?」
「まあ、な。俺からは何度か見てるが……向こうじゃ一緒に戦うかもしれねぇ。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ!」
よろしくお願いします、と頭を下げると、男も銃を元に戻し、笑みを浮かべ答えた。
「一発ブチかましてやろうぜ!」
「あまり、脅かさないでやってくれ。彼はまだ新入りなのだから」
ボスが苦笑を浮かべる。悪い悪い、とゆるく首を振った男は手で出立のジェスチャーをする。
彼女は首肯して、去り際にひらりと手を振った。
「では。また現地でね」
残ったシエルたちもまた、二手に分かれて歩き出した。
シエルはファクターのA隊としてついて行くこととなった。ロネとメアリも、同じA隊だ。
船の中で見かけた鉱山の男たちは別動隊に加わり、レイミールのB隊として現地に向かうようだ。
これで、結社の同行者は半分以下に分かれたはずなのに、隊は二十人近くもの大所帯となっていて、少年は目眩に襲われそうになった。結社に入って日が浅いというのもあるが、それ以上に、自分たちの身の上が特殊すぎて、ほとんどの人に挨拶できておらず、まだ顔も覚えられていない。緊張する。今は己の人見知りを恨みたい。
シエルがうんうん唸っていると、ロネが低い声で告げた。
「気ィ引き締めろ。もう大戦の前線だぞ」
「前線……? ココがですか?」
「そうだ。テメェ、まだ頭酔ってンのか?」
先輩の態度は、相変わらずちょっぴり冷たい。
改めて、少年は辺りをぐるりと見渡した。
フィールドから少し外れた、背の高い木に囲まれた森林。人の手付かずの樹海のような不気味な道ではあるが、シエルには、それが最も違和感があった。
「だって。この辺りの森……、前線だって言う割には、焼け跡が無いです」
「ヘェ」
ロネの目が僅かに細まる。
「人けも無いし、クレーターも見当たらない。──僕の故郷は、そこらじゅう、焼け跡とクレーターだらけでしたよ」
「怪我をした人も大勢いたわ」
メアリも弟の言葉に同調した。
ふたりの疑問を受けて、青年は大きく息を吐きながら、答えた。
「さっき、ボスが言ってたな。船を停めるための場所を作ったってよ。実際、そこらも岩だらけで、フツーに来れば座礁しそうなトコだ。海戦ができねェ。ンで、ンなトコから攻撃なんざする意味がねェ」
「前線だけど、今は外れの地域に居る?」
灰髪の青年が頷いた。
「もう少し歩けば、見えてくるぜ。現実ってヤツがよ」
彼の言葉通り、歩いていくと、森が開けて平地が見えた。
そこには、大戦の足跡があった。
平地の地面は凸凹で、片隅の木々は焼け、幹は抉れてしまっていた。
「……本当だ……」
「言ったろ?」
青年が、ふっと、その笑みを消した。見開いた目が前方を見る。
「──下がれ!」
「えっ、何ですか!?」
ロネが短剣を抜いた先。
黒いモヤが浮いている。モヤは複数に増えて、徐々に形を成していく。
「〈骸霊〉だ! ……多いぞ!」
「全員、戦闘準備!」
青年と幹部の喝が飛ぶ。メアリの顔に焦りの色が浮かんだ。
「また〈骸霊〉の群れなの!?」
「またって、こンなんオレは見たことねェぞ……」
ハラ立つな、と呟きながら、青年は両の短剣を逆手に構えた。メアリが彼に続いて腰のレイピアを抜く。
「戦ったのよ、私たち! 〈南町〉のとき……」
「皆さん──もう来ます!」
シエルも腰の剣柄を握る。柄のみの妙ちきりんな剣。手を前方に差し向けて、詠唱を紡いだ。
『〈十字眼〉──具現せよ』
少年の瞳が金に瞬き、光と共に、翡翠色の刀身が姿を現した。
シエルが一閃する。
「はぁっ!」
目の前に迫っていた黒い狼型の獣を退ける。
その数歩先、ロネが走って双剣を振るった。しかし、倒したそばから、異界の化物たちはどんどん湧き出てくる。
「チッ……!」
「やっぱり……! 増えますね」
言いながら、シエルはふと思い出した。
──そういえば。
結社の研修の日。白髪の男性が夢に出てきてから。あの日から悪夢を見ていない。
自分には都合のいいことだ。
考えごとしてる場合じゃない、と少年は剣を振り払って握り直した。
「ロネさん、あの群れの中央! あの塊を潰さないと……!」
「アレか」
メアリの声がもたらした情報に、灰髪の青年が滑らかな動きで鞘に片方の剣を収納すると、そのまま左の銃を手に取った。
流れるような所作で構えた銃が、群れの中央を捉えた。
『ふッ!』
──パァン!
盛大な音が鳴って、炎の弾丸が黒い大軍の核を貫いたのを、少年の目は確かに見た。
そこに居た骸霊の群れが一気に消失していく。まるで大気に溶けるような動きで、黒い獣たちは白煙を残して消滅した。
「っしゃ!」
「やったぁ!!」
ふたりが喜びの声を上げた。辺りから交戦の音が止み、安堵の声が広がっていた。
しかし、シエルは思わず、大きな声で青年に声をかけた。
「ま、待ってください! 今、無詠唱!?」
「オウ。ヴェルダムに組み替えて貰ったンだ。本来だったら、〈魔煌〉の技を凝固、強化して撃つモンらしいんだが、コレは充填したエネルギーでそンまま火弾を撃てる」
満足そうに銃をくるくる回しているロネ。
「へー、そんなことできるんだ……。便利そうですね」
「テメェも要るか? 必要なら注文しとくぜ」
「いやぁ、僕には使いこなせない気がします……。現に、この剣だけでいっぱいいっぱいだし」
「そーかよ」
シエルが前を見て、声を上げる。
「あ……あれが、水の都ですかね」
背高な教会や時計台、純白のお城のような建物群が遠目にも確認できた。
帝国の帝都より巨大で、豪奢な都。隣でメアリが「まあ」と感心している。
「オウ。アイツらもボチボチ着く頃だろ」
思い浮かべたのは、道を分かれた仲間たちのこと。
青年たちはフィールドの北に目を向けていた。