夕刻の手紙


一章『強くなりたい』


 
  

 
 
     ◆
 
 
 時刻は少し前。
 メアリは、サンドウィッチを食べながら、坑道の案内看板を見ていた。近辺の地図が描かれており、非常に分かりやすい図解になっていた。
(そうか。ここは坑道中層〜上層部で、山脈の奥深くまで繋がってるんだわ)
 地図を見ていると、メアリの居る層に資材置き場があるのを発見した。
 パンを丁度食べ切って、少し様子を見てみようと思い坑道の奥へそそくさと歩いていく。
 実はメアリは、こういった小さな非日常が好きだった。新しい道を見つけたり、普段と違った物を目にすると、それだけで一日が満たされた気持ちになるからだ。
 少し歩けば、自分の背丈ほどもあるコンテナが幾つか確認できた。
 大きな台車に乗せられて、薪や鉱物などがたくさん積み込まれている。
(これは、すごいわ。あの石は、なんなのかしら……)
 近くでよく見たいけれど、長居するとシエルの方が心配だ。
 そろそろ戻ろう、と思った瞬間、一番奥のコンテナが吹き飛んだ。
「ギャアァッ──」
 爆発と同時に、壁から人が飛んできたのだ。大きな衝撃音が複数回に渡って鳴り響く。
 驚きのあまり声も出なかった。
 自分よりも大きなコンテナが、壁ごと吹き飛んで、自分より背の高い人──銀の甲冑を着込んだ男性が倒れたのだ。目の前の光景が瞳に焼き付いている。
 戻って誰かに知らせなきゃ。踵を返そうとした足が、ピタリと止まる。
「ィやーキレーに飛んだねー! キモチ〜」
 壊れた壁から、人が歩いてきた。
 三人居る。指揮官と思しき人物は青髪の若い男。
 後ろ二人の兵士は、どこか感情の乏しい顔で連れ立っている。
「あなたたち……!」
 銀の甲冑に入った紋章は、公国の国旗のものだった。
「〈テスフェニア公国〉領事軍! 何故こんなところに!?」
 メアリが叫ぶと、青い髪の兵士が大口を開けて笑い飛ばす。
「ハハッ、驚いちゃったなぁ! 異文化の下民もボクたちのこと知ってるんだ。へんぴな山でも来てみるものだねぇ〜」
 彼女は立ち尽くした。本物の領事軍を前に、空いた口が塞がらない。
 ガルニア帝国での紛争を思い出す。メアリが十五歳の時に領事軍は村に攻め入ってきて、病弱だった母に暴力を振るったのだ。すぐに父が来てくれたものの、母はその後、床に伏せてしまった。
 最期まで母は苦しそうだった。父が怪我をして、私が家でずっと泣いていたから。
 メアリは、母は病ではなく、領事軍に殺されたと今でも思っている。紛争さえなければ、もっと違った最期があったはずだ。
「おかあさんの仇……」
 唇が震えて、歯を食いしばる。
 青髪兵士の男がそんな彼女を嘲った。
「キミィ、よく見たらハーフエルフ? そのキモイ顔に首輪つけてあげよっか?」
「──はぁ?」
 メアリの怒りの声が漏れる。
 それだけは絶対に許せない言葉だった。
「今の発言、撤回しなさい。さもなくば──」
 我が身が可愛いから、などという理由ではない。エルフの出身であった母の唯一の形見である、己の容姿を誇りに思うから。
 メアリはもらいたてのレイピアの鞘を抜いた。
 
 
「メアリ!!」
 シエルが目にした時、メアリは剣を抜いて相手に差し向けていた。呼びかければ、姉の動きがぴたりと止まる。
 バラバラのコンテナ資材、倒れた人。ここが爆発現場だと直感し、シエルはズボンの左ポケットをまさぐって取り出した笛を、力一杯吹いた。
 ──ピィィ────……!
 甲高いトーンが通った。
 余計な濁りのない音。まるで、大空を渡る鳥の鳴き声を模したかのような音色が坑道内からロジュガの町へと響き渡ってゆく。
 
 
『……あのガキ!?』
 依頼中、坑道の奥で採掘作業に同行していたロネがバッと顔を上げる。
 ルドルフが冷や汗を流した。
「爆発と笛の音か。只事とちゃうな」
『いや……、ボスかもしれねェ……』
「ギルド長来てんの!?」
 すっとんきょうな声が上がる隣で、ロネは振り返ってつま先で地面を蹴った。
『悪ィ! スグ戻る!』
「ロネ!!」
 駆け始めたロネは大きく息を吸って、笛を吹き返した。
 
 ──ピィー…………!
「あれ? 笛の音、返ってきた……」
 居場所を知らせるべく、シエルはもう一度笛を吹いた。
 ──ピィィ────……!!
 青髪兵士が片耳を塞ぐ。
「ウェ、うるさいなーおまえら。死罪にしてやってもいんだよー?」
「さっきから口が悪すぎない? あなた」
 相手を睨む姉に向かって、シエルは小声で語りかける。
「メアリ、だめだよ。絶対戦っちゃだめだ」
 事実、軍人に手を上げることは死罪に値することがある。
 他国の兵士ともなれば、戦争に発展することすら有り得るだろう。
 彼女は微かに頷いた。
「分かってる、今は脅してるだけ」
「脅しも駄目だって!」
「だって、あいつ私のおかあさんを……」
「……っ」
 その一言で何が起こったかを察して、少年は顔をしかめた。
 家族想いのメアリのことだ。きっと何か非道いことを言われて、黙っていられなかったのだろう。
「何コソコソやってんの? ジャマだよ」
 公国の兵士がイラついた表情で腰の両剣を引き抜いた。
 最悪のタイミングで後ろから人が走ってくる。
「どうした!?」「大丈夫かー!?」
 ロジュガの町の人だ。メアリは横目で振り返り叫んだ。
「来ちゃだめー!!」
 シエルは彼女の後ろに立って、手を広げ、彼らに大声で伝えた。
「皆さん、早く逃げて! 公国軍です!!」
「まさか。じゃあさっきの爆発も公国軍が?」
「そんなこと言ってる場合か! 逃げるぞ!」
 町人と会話をしていた二人に向かって、公国の兵士が剣を振りかぶり襲い来る。
「さっさと死ねよカス共がぁ!」
「くッ!」
 メアリはレイピアで受け止めた。
 よくしなる細剣は、幾度となく迫り来る衝撃を受け流すように軽やかに動く。
 新しい剣を握ったばかりとは思えない、滑らかな剣戟だ。しかしそれは、彼女が普段やっている格闘術の受け身と確かに重なる動作だった。
 剣を振り下ろしながら、青髪が怒鳴り声を上げた。
「どこでボオっと突っ立ってんだあぁ〜!? やれ雑種共!!」
 銀の甲冑を着た二人の兵士が、メアリに向かって一斉に襲いかかる。
「待てッ!」
 卑怯な手に、咄嗟にシエルが短剣を振った。
「ぐ……っ!」
 鞘に入ったままのフェイクの短剣のつばが、甲高い音を立てる。もう一本の剣が振られていたのを、メアリが剣鞘で受け止めた。
「シエル、無理しないで!」
「こっちのセリフ!」
 二人は互いに背を合わせる構図となった。
 剣を弾く。避けては、また弾く。
 今は盾でしかない剣による、ひたむきな防衛戦が続く。
 町の人たちは逃がせただろうか? だとしたら、有力な助けを呼んでくれるかもしれない。──いつになるかは、わからないが。
「くそっ……」
 シエルは気が憔悴してきた。
 もしも生身同士で殴っていいならば、こんな人たちは敵ではないのに。甲冑に殴打は通りにくいだろうし、何よりも手を出す代償が大きすぎる。
「カスがぁ!!」
 メアリに剣がただ防がれることを読んだ青髪兵士が、複数人に応戦するシエルに向かって横なぎの斬撃を放った。
「うわっ……!」
「シエル!」
 剣撃は左。メアリの利き手と逆だ。逆手の鞘も、届かない。
『──あか・灯せ──篝火フラム!』
「ぐぁっ!!」
 小さな炎が弾けた。地面の砂埃が舞う。
 短縮型の詠唱に青髪兵士が怯んだのを見て、シエルもメアリも息を揃えて数歩下がった。
 聞き覚えのある靴音を立てて誰かが走ってくる。黒い髪のサイドテール。たなびいた赤黒いマント。前にスライディングをして割り込んだのは、結社のボスだった。
「ボス──!」
「変わったのがいるね。下がっていろ」
 彼女の真っ赤な瞳が光った。
 
 ──
 ────
 
 同時刻。鉱山東の中層部にて、ロネは兵士達と遭遇していた。
『……あンだと?』
「曹長の命令により、この町には物資の一部を開け渡してもらう手筈となっている。二度も言わせるな。武器を置いて、降伏せよ」
 兵士の発言からは、ここの連中以外にも、公国の別働隊が現地に居ることを推察出来た。シエル達はおそらくそちらだろう。
『テメェら……』
 ロネにとってここは、多くの友達ダチの住む町でもある。
 すベてを直ぐに片付けることを決心し、青年は抜き身の双剣を力強く握った。
『のうのうと生きて帰れると思うンじゃねェぞ』