一章『強くなりたい』
“第13話 煌力鉱石”
「〈煌力鉱石〉の件だ」
武器屋の中央には、翡翠色の光――結晶が並べられていた。
「……綺麗」
美しい輝きを放つ鉱石たちが、二人の黄味掛かった瞳に映り込む。
ロネが店の人間に語りかけた。
「よォ、ヴェルダム」
青年が手を振れば、バンダナを巻いた男性が笑って出迎える。
「おっ来たか! ヘヘッ、ラッシャイ!」
炭で汚れたシャツを着た彼が、店主なのだろう。バンダナの下に逆立った黒髪が跳ねており、その分厚い手袋の中にはハンマーが握られている。風貌的には鍛治職人のように見えた。
見れば、店内の壁には両刃の剣や斧などもレイアウトされている。
青年が緩く笑んだ。
「ハ、元気そうだなァ」
「あたぼうよぉ! 鋼のわかる奴が来てくれたらなぁ!」
「いつもサンキュな。結晶、一瞬見してもらうぜ?」
「好きなだけ見てけや」
青年の後ろでシエルは店主に一礼すると、一歩進み出てガラスのショーケースの中の鉱石を見つめた。
「これが……〈煌力鉱石〉ですか?」
「全部そうだ。さっき話した〈柿色の商会〉が多く取り扱ッててよ、……どした?」
目が吸い寄せられたみたいになる。鉱石に吸われた少年の視界は、ぐらりと揺らいで、ノイズが掛かったように見えた。
「僕、これ、見たこと、あって」
喋りながら、鉱石の翡翠色に、真っ赤な血飛沫が被って映る。
雪の上に立つ軍人の手が翡翠色に輝いたのは、一体何年前だっただろうか?
「軍人が……持ってた…………」
「シエル!」
項垂れて倒れかけた少年の体を、メアリが支える。
「…………すみません」
姉に肩を支えられ踏みとどまった少年。シエルの顔色は、今、尋常ではないほど悪かった。
灰髪の青年が僅かに目を細める。
「詳しくは、聞かねェ。ムリすんな」
シエルは、故郷での漁村での紛争を思い出していた。一番最初の、被害の大きかった紛争。
もうひどかった。死者が大勢出た戦だった。今でも、忘れられない。
公国の軍人が、大規模な魔煌を発動するべく、この結晶を使って煌力を増幅させていた悪夢のような姿を。
「いえでも……やっと分かりました。これは、“兵の煌力を増やすための道具”ですね」
「いいセン行ってるが、ちょいと違うな」
青年は翡翠色の結晶石を眺め、とつとつと語った。
「〈煌力鉱石〉――別名、治癒結晶。その名の通り、呪文ひとつで人体の傷を癒す。加えて修復能力もある。それが深く抉れちまった肉や、原因不明の病でも――コイツは、たちどころに治しちまうンだと」
シエルは丸い目をさらに見開いた。
「なんですか、それ」
「もちろん、デメリットはあるぜ。すぐ使わなきゃー意味ないんだってよ。効果薄れるッつか? 後、連続でやると体に毒らしい。そンでも、一回怪我が治るならサイコーだろ?」
効果が反則級にも程がある。
弟を支えていたメアリが、信じられない、という表情で彼に言いつのる。
「嘘よ。癒しはどんな魔煌でも与えられないのに、切創や病がすぐ治るだなんて……」
「そンな都合のいい物、って思ッたか?」
メアリは言葉に詰まった。図星だった。デメリットに対してメリットが巨大すぎるのだ。言葉を選ばずに言えば、完全なチート技に限りなく近い物。
「テメェらが今まで知らなかっただけだ。それがフツーだ」
無表情で言い放ったロネは、ふいと店の奥を見ると、店主に声を投げた。
「なァ、ヴェルダム。例のヤツ寄越せよ」
「アイヨッ!」
店主は、待ってましたと言わんばかりにカウンターの奥から、長物をふたつ取り出す。
「今回のブツもお代に恥じない、おれの自信作だ!」
「わあってるよ。だから頼んだンだ」
満足そうに受け取るや、ロネはその長くて白い包みを二人にそれぞれ手渡した。
「コレ。得物だ!」
開けてみなと提案を受けてメアリが布を開くと、細長い剣が姿を現した。青色の柄に翼のような意匠が施された、見事な細剣。
「まぁ、長いのね」
「レイピアっつンだ。間合いが取れて、素早く振れることで有名だ」
メアリがこぶし一つ分ほど剣を抜いてみたら、彼の言うとおり突きや振りに長けたレイピアであることが確認できた。
細剣を鞘に戻しながら、メアリは喜んで青年の顔を見る。
「しかも軽い! いいの? こんな物頂いちゃって」
ロネは気取った態度で答えた。
「……あんたの拳、中々よかッたぜ」
「え、何? 気持ちわるいわ」
メアリには普通に引かれた。
「人が褒めてンだよ! とにかく、先週の適性試験! 悪くない動きだった。きっと上手く使えるハズだ」
ロネがムキになって反論する隣で、同じように包みを開いたシエルはびっくりしていた。
「刀身が……ない……!?」
中身はスタイリッシュな短剣のように見えたのだが、茶色い鞘から剣を抜くと、なんと“剣”の部分がほとんどないのだ。紙などが切れそうな先端が申し訳程度に付いてはいるものの、鞘の空洞部分はほぼフェイクといって差し支えないものだった。
「オウ。そのほうが良いだろ、テメーは」
ロネがそっけなく答える。
乳白色の柄の部分は握りやすいよう指に沿った形で作られ、緑の鉱石と金の装飾が輝く美麗な剣柄。
それは、適性試験で見せたシエルの【剣を膨大な煌力で形作る】技の力を発揮しやすいようにと考え、特注で作られた一品だった。
「え……もう絶対【呪い】使うこと前提ですか? 僕最近寝つきが悪くて……」
一方、シエルには懸念点があった。
最近大幅寝坊するくらいには体調が思わしくないのに、自分でもよくわかってないような異能をほいほい使ってもよいものなのか。
そんなささやかな悩みから出た言葉は、
「気合いでナントカしろ」
先輩にしれっと流されてしまった。
「まじで!?」
「マジ。次、行くぞ」
またなヴェルダム、と手を振りながら、扉に手を掛ける青年。
「オウ! 近々顔見せに来いよ!」
元気な店主が笑顔で手を振り返している。
「えぇ、何処にですかー!?」
ロネが店から出てしまったから、武器を手にした少年たちは急いでそれを追いかけた。
…………
「おおい、待ってくださいよー!」
早足で歩く彼を追いかけて、三人で町の奥地まで来ると、彼はようやっと一言呟いた。
「待ってンだろ」
「どこがなのよ」
「ゆっくり歩いてらァ」
「早いです、先輩……」
シエルはちいさな苦言を呈した。
ここ鉱山側の道は、楕円の螺旋状に作られていて、最奥が主な坑道への入り口になっているのだが、坂道が多く歩いているだけで疲弊する。
「オレは人待たせてンだよ」
「だ、誰を?」
鉱山への道のりを進んでいると、人だかりができているのが見えた。
見るや、坑道に向かって先輩が走り出す。
「あ! ちょっと!」
メアリとシエルの二人が走って追いつくと、人々の真ん中――坑道の片隅に、倒れた人が居た。
「ロネ! 悪い、今、立て込んでてなぁ」
現場で介抱する人がロネに気付き、深刻な顔で告げる。ロネはすぐさま屈んで、聞き返した。
「リーダー。ナニがあった?」
「正午頃……、坑内で不審な爆発があったんや。それで火傷を負ったんやって」
「ひどい怪我……」
思わず、メアリが口元を抑える。
倒れた怪我人は、顔の部分が赤くただれてしまって、首から右半身にかけて焼け焦げた身体になっているのが見えた。
「〈煌力鉱石〉持って来て! 鑑定済の!」
火傷した患部を冷やしながら、リーダーと呼ばれた介護人が叫ぶ。怪我人は痛々しい表情で微かに首を振り、声を絞り出していた。
「い、いい……から……そんなリル、すぐには出せねぇ」
「労働災害に野暮なこと言わへんわ」
「あ、ありがてぇ……ゲホ、ゴホッ……」
屈んでいるロネが振り返って、シエルたちに告げた。
「丁度、治癒結晶を使うパターンらしいぜ。珍しいな」
ロネの言葉に、その場に居た茶髪の女性が答える。
「実は、そう珍しくもなかったりするのよ。この結晶は、現場や戦争には欠かせない物だからね」
「戦争……」
シエルは息を呑んだ。治癒の力が争うために常用されるのは、あまりにも恐ろしい。
坑道の表側から作業着の人が走ってくる。翡翠色の石を手に持って。
「持ってきたよ!」
助かる、と受け取ると、現場の男性は怪我人の胸に結晶を押し当てて、叫んだ。
『癒せ――〈煌石ノ奇跡〉!』
結晶が弾け周囲がパアっと明るくなる。姉が感嘆の声を漏らした。
「肌が光って……!」
怪我人の、ただれていた皮膚の部分がキラキラと輝いて、みるみると癒えてゆく。火傷を負った部分が――完全には治るはずのなかった傷跡が、跡形もなく消えていった。
「……すごい」
目がその場に縫い付けられてしまったようになる。シエルは彼らを見ながら、つぶやいた。
「僕にも、できるでしょうか?」
「出来ンだろ。物さえありゃあ」
荒かった息を整えた人の笑顔を見た、瞬間。
シエルは、ある日のことを思い出していた。