DR+20


序章『僕らの選んだ道』



 
      ◆     
 
 部屋を後にした二人は、秘書・レイミールの後に付いて、階段を下っていく。一階。室内の道中、香ばしくてよい香りがした。近くに飲食店があるのだろうか、などと考えているうちにたどり着いたのは、結社の入り口だった。
「あれ、外に出るんですか?」
「いいえ。こっちに室内倉庫があってね……」
 そういって向かったのは、玄関入って右の場所。異質な黒い扉の鍵を開けると、先には薄暗い廊下が続いていた。
 異質な雰囲気に気圧されて、黙って歩く。さらに、厳重なフェンスの鍵を開け、入り口をくぐると、その奥に大きな鉄の扉が見えた。
「少し、下がっていて」
 レイミールはそう言うと、丸形の鍵を差し込み、大きな鉄の扉を両手で押し開けた。
「──はい。ココがウチの、戦闘施設よ」
 両開きの扉の奥には、まっくらな闇が広がっていた。全ての絵の具を混ぜこぜにしたような黒。高い天井付近にある小さな天窓から、一筋の日差しのみが薄暗闇の中に降り注いでいた。
「うおお」
「暗い……」
 そこは——全面が鉄でできた屋内倉庫だった。
 
 
 
「来たか新入り!! 待ッてたぜ!」
 視界情報の少ない場に、ドスの効いた低音が響き渡る。
 声のした方向。倉庫の隅に積まれた木箱の山の上に、人が座っていた。
 暗がりで人物の顔は、見えない。
 男性らしき声の主は木箱から身軽に飛び降りると、靴音を響かせ一歩一歩、歩いてくる。茶色いブーツが、光の漏れる空間へと踏み入れて、顔が浮かび上がった。
「遅すぎてよォ、夜になっちまうかと思った!」
 暗い灰の髪、モスグリーンの瞳は四白眼。光る八重歯と金色のピアス。目と同じく緑のジャケットを、腕まくりして着用している。
 そしてシエルは気づいた。
(うわ。ていうかあの人、講堂でぶつかってきた人だ!)
 常時大きく見開かれた目のせいで、彼の顔はぶっちゃけかなり怖かった。
 レイミールが呆れたように相手を見る。
「……アナタ、何故居るの?」
「さっきジジィから頼まれて来た」
 ちゃあんと鍵も貰ッたぜ? と、レイさんと同じの倉庫鍵……(合鍵だろうか?)をポーンと投げてこちらに見せびらかしている。
「あのヒト、またこのコに……」
 玄関で会ったファクターの顔が浮かんだ。依頼があると言っていたので、そのままこの怖い人に倉庫の鍵を渡したのか。
 彼は目をカッと見開いて叫んだ。
「ッつーワケで、このオレが試験官だァ!」
「し、試験?」
 事前に聞いてない話がどんどんなだれ込んでくる。
 混乱するシエルを見てレイミールが、宥めるように手を振った。
「あぁ、ごめんなさいね。説明がまだだったわ」
 言ってなかったンかよ! と突っ込む奥の人物。忙殺されてたのだから仕方ないでしょうと、と言うレイミール。
 彼女はシエルたちの方を見て、優しく言った。
「俗に言う〈適正試験〉なのよ。その人の実技の傾向を調べて、どんな武器、どんな作戦が得意か、見極めるの」
「見てわかる物なんです?」
「わかるンだな、これが。ホラよッ」
 男性が重そうな武器を押しつける。
「わっ、おっと……」
 それは奇妙な剣だった。本来切れるはずの角の一部が削れて、丸みを帯びてしまっている。
 持ち手の部分を手にすると、シエルの左肩は一気に下がった。
「重っ!」
 剣が床に打ちつけられ、金属の甲高い音が鳴る。
「ソイツは、不良の剣を加工して訓練用にしたヤツな。叩けば切れるかもしれねえが、大怪我はしねえだろうよ」
 擦り減った剣? これで、人と戦うって?
「そんなことある?」
 シエルの脳内は疑問符だらけになった。
「試合条件は二対一。あのコに剣を当てられたら、アナタたちの勝ち。疲れて動けなくなったら負け」
 簡単でしょう? と、レイミールが微笑む。
 柄の悪い男性は、倉庫内を歩きながら大きな声で語りかけてくる。
「つまり模擬戦だ! 分かンだろ」
「ちょっと、あなた……」
 同じように、重たい剣を両手で受け取った姿勢のまま、固まっているメアリ。
 彼女が気づいた。
 相手の男性も木箱の脇から剣を取っていたが、それは訓練用の物をさらに短くした、一本の短剣だった。見るからにリーチが短く、条件的にこちらよりも不利である。
「それだけじゃ、怪我させちゃうかもしれないわ」
「ハッ! 出来るモンならやって見ろよ!」
 いかつい男性の笑い声を合図にしたように、訓練場の端々の灯りが点火した。レイミールが〈朱魔煌フラムヴィレラ〉を使っている後ろ姿が見える。
 炎で部屋がふわっと明るくなった。金髪秘書が振り返りざまに告げる。
 
 
「戦時下をこのギルドで生きていくと言うのなら、戦闘訓練は必須よ。さ、皆様。構えて!」
「っ……はい!」
 二人が急いで武器を手にした様子を見て、男性もまた鉛の剣を前に構える。灰髪の彼が口上の声を張り上げた。
 
「オレは結社〈恒久の不死鳥エタネル・フェニックス〉所属、ロネ・ウッズベルト!!」
「ロネ、先輩ですね。では、よろしくお願いします!」
 
 腹をくくって向き直るシエル。
 ロネが、心底楽しそうに笑った。
「さァ——失せろッ!!」
 直後、シエルの腹を目掛けて、一直線に襲いかかった。
「うおわぁっ!」
 腹を狙われたシエルは、咄嗟に剣で弾いた。反動でよたつく。弾かれた短剣を、ロネは今度はメアリの右腕に振りかざした。
「きゃああ!」
 メアリは、彼の迫力に叫び声を上げて長い剣を振り切る。
 訓練用の分厚い剣同士が、鈍い音を立ててぶつかり合い、ロネは上からの重力を利用して押し返した。
「オイオイ、退屈させんなよテメェらァ!」
 さらに、ロネは左腕でシエルに殴りかかりながら、短剣を周囲に振り抜いている。一寸の隙もない、複数人相手の実戦に慣れた者の動きだった。
「勝てるといいわね」
 レイミールが訓練場の隅で、意味ありげに笑った。

     ◆     
 
「一足遅れたな。もう始まっているか」
 二人が適正試験を始めた頃、ギルドの長が薄暗い倉庫を訪れた。
「アラ、おかえりなさい」
 ボスがココに来るのは珍しい。いつもなら、新人の教育はレイミールたち幹部に任せっきりな人だ。
「これを頼む」
 彼女が手に持っていた書類を差し出した。
「畏まりました」
「どうだ、今度の新入りは?」
 ボスが問うと、秘書は微笑んで答えた。
「そうね。素直でいいコたちだわ。……出身国は、少し特殊だけれど」
 結社のボスは頷いた。〈ガルニア帝国〉の若者との接点など、そうそう出来るものではない。
「私の見立てでは、彼らは──我々が追っている者への──ひとつの手掛かりとなってくれるかも知れない」
 そうして彼女らは、目の前の若者たちの戦闘を見ていた。