夕刻の手紙


序章『僕の選んだ道』


 世の中には、『ギルド』というものがある。
 魚を釣る者、狩りをする者。物を売る者。かつての傭兵業をする者。
 西の大地のおおきな国が、それらを制度でひとまとめにした日から、世界の職業団体は、ぜんぶギルドと呼ばれている。
 
「お邪魔しまーす……」
 地図を懐に仕舞いながら、シエルは施設にそろりと足を踏み入れた。
 
 結社〈恒久の不死鳥エタネル・フェニックス〉。ここは、ザルツェネガ共和国の首都・ズネアータに設立された、言わずと知れた巨大ギルドである。
 一体誰が設立し、どうてかそう呼ばれているこの組織は、大戦のさなかで各地を飛び回り、日々、依頼や慈善活動に精を出しているのだという。争いや物資不足にあえぐこのご時世に必要な仕事だと言える。
 
 しかし、例えなにかの依頼の一環であろうとも、実質鎖国中のガルニア帝国──シエルの出身国だ──まで、はるばる船でやってくるのは、ちょっと常軌を逸した行動力であると言えるだろう。
 
 少年は、ドキドキしながら施設内を見渡す。
 結社の玄関口は、ホールのような形式になっていた。真正面に受付があり、両隣に円状の階段が備え付けられている。ちょっとしたパーティーでも開けそうなくらい、華美な造りの正面玄関である。
 
「わー! あっちの方は吹き抜けなのね。綺麗……!」
 メアリにつられて振り向けば、ホールの片隅にある休憩スペースの窓は一面ガラス張りでできていた。外に柵が立っているので、あちらは庭のようだ。
「遺跡も見えますね」
 窓からは、背の高い塔がよく見えた。
 山も空も突き抜けてそびえたつ、ガタガタした形の不可思議な塔。なのに、悪目立ちするでもなく背景になじんでいる。
 帝国からだと細っこく見えた塔が、共和国からだとよりハッキリ見えて、シエルは異国にやってきたのだという実感を強めた。
 
「おおい。後で好きなだけ寛ぐといい。今は急ぐから、着いてこい」
「あっ、はいっ!」
 
 やれやれと首を振り、歩き出した男性の後ろを追いかける。
 受付や、警備と思しきお兄さん方の横を会釈で通り過ぎつつ、階段を上がっていく。メアリが間を繋ぐように問いかけた。
 
「ねぇ! これからドコへ行くんですか?」
「講堂だ。今朝は、ウチの『顔』のスピーチがあるんでな」
「『顔』? スピーチって、どんな?」
「見りゃわかる」
 彼は横顔でニヒルな笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 どんどん上へ参ること、五階。
 シエルの足がピリピリしてきた頃に階段が終わり、今度は長い廊下を歩いた。
 通路の行き止まりに立ち塞がった大きな扉。プレートに筆記体で〈講堂〉と表記された両開きのドアが開け放たれ、薄暗な室内のオレンジの照明が視界に入り込んだ。
 
「ひっろ……」
 
 安直な感想が口をついて出た。
 シエルの実家の敷地が丸々入ってしまうのでは、と感じるほど広い講堂内に、既に大勢の人々がひしめいている。老若男女、黒、緑、紺、赤とカラフルな正装衣装にそれぞれ身を包む人々を、少年は口をあんぐり開けて眺め渡す。
 
 もしかして僕、とんでもないトコに来てしまったのでは?
 
 シエルは内心半泣きになった。
 
「では。とりあえず、そのへんに固まっておけ」
 男性は無精髭を撫ぜて首を捻ると、場を離れようとした。
「ちょっとっ! 私まだ、あなたの名前聞いてないわ」
 メアリが手を伸ばす。
 
「ファクター・ニーディア! 〈結社〉の幹部だ。覚えとれ」
 白衣の彼は軽く応えると、足早に広間の奥へと立ち去っていった。
 
「行っちゃった……」
 目をぱちぱちさせる。
 メアリの空に泳いだ手が、ぎゅっと拳に変わった。顔を伏せて彼女がつぶやく。
「詳しい説明とか、全っ然なかったわね……。怪しすぎない? ココ」
「うーん。まあ、聞けばわかるって話だったし、今からギルドについて教えてくれるんじゃないかな」
「こんな大勢集めてのスピーチって、フツーじゃないわよ」
 シエルはあぁ、と相槌を返して、広間を見渡した。集った人々がさんざめいている。
「僕も、ココまで大きな組織だとは思ってなかったなぁ」
 
 ぼんやりしながら講堂を眺めていると、ぐらついた肩に人がぶつかった。
「わっ!」
「…………」
 背の高い青年。グレーの短髪の男性は、目つきがものすごく悪くて、目力だけで龍でも殺せそうなほどの威圧感を放っている。その目で、男性は無言でギロリと少年を睨んだ。
「す、すす、すみません……」
 シエルは咄嗟に謝った。
「……チッ」
 見知らぬ青年は舌打ちをひとつ落として、部屋の前の人集りの中に消えていった。
 
「なんなの、あれ!?」
 ロクな人がいないわね! と小声でぷんぷん憤慨している姉を嗜めようと、シエルは肩をすくめてみせた。
「いや、ぼーっとしてた僕も悪いよ……」
 メアリはバッと振り向いた。
「ワルくないっ!」
「ええ……」
 シエルは苦笑した。
 ムキになっているときの彼女には、どこか有無を言わせぬ熱意のようなものがある。
 メアリが、少年の鼻先をツンと指差した。それは、いかにもお姉さんっぽい仕草で。
 
「あと、シエル。ここでは故郷でのことなんか、絶対喋っちゃダメだからね?」
「……なんで?」
「さっき、玄関で幹部の人に言い掛けてたでしょ」
 彼女が近くでこそこそ耳打ちする。
「もし、ココの誰かに“逃亡者”だなんて知られたら……!」
「でも、出自を隠すなんて、現実的じゃないよ。第一、そっちのほうがよっぽど怪しまれそうだし……」
「ダメなものはダメ! 正直なのはいいことだけど、嘘が必要なときだってあるの!」
「……うん……」
 ため息が出る。シエルとて、わかっているつもりだった。
 
 ――〈ガルニア帝国出身者〉の肩書きなど、異端児でしかないことだけは。
 
 
 
 『灯せ・フラム!』
 言下に、壇場の向こう側から焔が飛び火した。宙を舞った赤い炎が台上にある燭台へ灯火をもたらす。
 カーテンで閉め切られた薄暗な室内が密やかに騒めき、煌々と灯る明かりへと視線が注がれる。
 
「皆様、静粛に! ボスのご挨拶です――よろしくお願いします」
 
 幹部と思しき女性の叱声を受け、室内は静寂に包まれた。
 お祈りを終えたばかりの聖堂にも似た講堂内に、甲高い靴音が響く。
 満を持して壇場を上がってきたのは、上背が高く、頭髪からブーツに至るまで暗色を纏った人物だった。
 サイドで縛り上げられた黒髪は、宵闇を溶かしたかのような漆黒。強い意志を宿した瞳は深紅。不敵な笑みを浮かべた彼女は、片腕で滑らかに弧を描いたのち、恭しく礼をした。
 
「お早う。〈結社〉傘下の諸君! この春も皆の壮健な顔が見られて、安心したぞ」
 
 全身の肌が粟立つ。ハスキーな低音は、耳を抜けて脳の奥深くを揺らす。
 
「あっ……」
 シエルは彼女に釘付けになった。
 彼女の黒衣、長身の美貌の中に――何か、得体の知れないモノを感じて。
 女性がシエルの目を見るなり、フッと笑った気がした。揺らめく炎のように輝く瞳を向けられたシエルは、ぞわぞわ、全身の毛という毛が逆立つのを感じていた。
 彼女が、ギルドの『顔』。結社〈恒久の不死鳥エタネル・フェニックス〉のボスか。