『鉱物採集研修』
※本編1〜2章の間のお話。公国の兵士による襲撃後、ロジュガの町での依頼回です。よければ、どうぞ!
「鉱物採集、行ってみようか」
最初の一言を切り出したのは、結社のボスだった。片側に縛り上げた黒い髪をやさしい春風に靡かせて、彼女が少年の瞳を覗き込む。
シエルは、パッと顔を上げた。
「やらせてもらえるんですか!?」
「うん。現場のほうを、ほんの少しね」
「やった! ついに!」
少年は眼鏡越しの目を輝かせる。
ふしぎな治癒の結晶──〈煌力鉱石〉について研修を受けたはよいものの、それと〈結社〉が実際どう関わるのか、シエルは気になってしょうがなかった。
鉱山地区〈ロジュガ〉の坑道内。結社一行は、少し開けた外周を歩いている。
隣から、メアリが口を挟んだ。
「……私たちでも、だいじょうぶ? 難しい工具とか、使うのかしら」
シエルが視線をやると、姉、メアリは小さな唇をつぐんで考え込んでいる様子だ。
ボスが応えた。
「いや、採集現場とは言っても、我々にできるのは手伝いと護衛程度だよ。安心してくれ」
前を進む彼女たちのさらに奥を見ると、ロネが後頭部に指を組みながら前を進んでいる。彼は、ぐるりと、こちらを振り返った。
「あンだよ、オレのときは早いって言ったクセによ」
「おや、そうだっけ?」
ボスが僅かに首を傾げると、彼はピタッと立ち止まって言い募った。
「そォだよ! 最初にロジュガ来たとき! 三年前だ、覚えてねェのか!?」
彼は烈火のごとく激怒したが、ボスはまったく意に介さないように、腹を抱えて笑った。
「あはは、逆によく覚えているね! 当時はロネもまだ幼かったからねえ」
「ロネ先輩にも、小さい頃とかあったんですか?」
「こンのクソガキ……!」
拳を震わせるロネを見て、シエルは確信する。
そう、先輩のこの口調は、”怒っている”のではない。普通の言い方がこうなだけなのだ。
証拠に、その拳で殴ってはこない。
先輩は告げた。
「次言ったらラリアットな」
シエルの笑顔の裏から、汗がどっと吹き出した。
……待てよ。今回だけはもしかしたら、本当に怒っているのかもしれない。やっぱりよくわからないな。
少年が頭を悩ませている間に、ボスが笑顔で人差し指を立て、言い放った。
「よしよし。ひとまず、やってみようか。ロネ」
「オレがかよ!!」
舌打ちして短い髪をぐしゃぐしゃやってから、「いいけどよ」とだけこぼした青年が、少年たちを見た。深い、モスグリーンの瞳が光る。
「行くぞ! 現場、見してやるよ!」
◆
坑道の上層部を、周辺に異変などがないか警戒しながら、四人は進む。
岩壁の曲がり角のような奥まった場所に、見覚えのある金髪の青年がいた。
彼がこちらに気付いて手を挙げる。
「ロネ! 早かったなぁ!」
「逆だろ、リーダー。寧ろ遅くなっちまった」
「ええねんって〜」
鉱山地区の現場のリーダー、ルドルフは、先頭立って歩くロネの後ろから、背の高い人影がひょっこり顔を出すのを見た。
「やあ、ルドルフ」
黒髪赤目の女性。視認した瞬間、彼の声が裏返った。
「ヒョエッ!! ギルド長まで、ご無沙汰してます!」
頭を下げた彼にボスも軽く手を振って返す。
結社のボスは、外部からは〈ギルド長〉と呼ばれているみたいだ。本人が「名前が無い」と言うのだから、まあそれらが“通称”なのだろう。
シエルも一言挨拶をしようかと思ったが、見るとルドルフが何か言いたげな素振りだった。少し会話を見守ることにする。
彼が二人に向かって問いかけた。
「あんのー……さっきの結局、大丈夫やったんか?」
「あー、さっきのかぁ」
「オウ。バカどもが居ただけだったぜ」
「バカ? 俺のこと?」
「…………クッ……」
「あ、ウケた」
ナゼかツボに入ったようである。口を手で押さえて震えているロネの隣で、ボスは曖昧な表情をしていた。
彼女が重たい口を開く。
「んん。実は公国の領事軍が、ちょっとね」
「領事軍!? こ、こんなトコに? まさか、ついに共和国も巻き込まれるんか?」
〈領事軍〉といえば、帝国と戦争をしている公国の所有する軍隊のひとつ。
顔面蒼白で頭を抱えたルドルフに、ボスは手の平をひらひらさせてから、僅かに目を細めた。
「否。これ以上は何も起こらないさ。我々もいることだしね」
「そっ、そか! いつもありがとう。さすが、首都の自衛団って感じやな!」
頼もしい、と青年が笑う。
ボスは珍しく、穏やかに微笑んでいたが、ややあってイタズラっぽく笑みを深めた。
「──それより。いいのかい? 続きは」
「ほな、いつも通り仕事しよかな〜」
億劫そうに手袋をはめ直した現場の青年に、ロネがピースサインを送った。
「リーダー。言い忘れたが、見学二名だぜ」
「おー! きみらも一緒にやってくれんのー?」
「あ、えっと、僕はあの……」
人と話すのって、緊張する。ましてや、ルドルフさんは明るくて社交的で、僕とは正反対の人だ。彼を目の前にしただけで、言いたかったはずのことがスッと飛んでしまった。
結果として、シエルは深々と頭を下げた。
「あのっ、ルドルフさん! さっきのパン、美味しかったです!」
「そ、それはよかったけど……」
ルドルフが口をぽかんと開けて、シエルを見ている。
幼なげな顔を上げて、少年は続けた。
「恩は返します!! 僕に出来ることがあったら、なんなりと言ってください!」
「ちょ、ちょお、待って? 気持ちは嬉しいけど、今日初めてやんな?」
見かねたメアリが、そっとシエルの隣に立って、困ったような顔で言った。
「実は私たち、ギルドで働くこと自体が初めてなの」
「そーなんや!?」「そうなンかよ!」
ほとんど同時に聞こえた声は、どちらも青年たちのもの。
ルドルフがサムズアップをした。
「あー、把握。わかったわ。ほな、ひとつ肩慣らしと行こか!」
現場のリーダーである彼が本来の同行者を見る。
「例の場所まで、いいよな?」
「オーケー」
ロネの同意を得て、ルドルフは二人に振り返った。
「じゃ、ついてきて!」
…………
「まずな、鉱脈を探すねん。ホンマは専用の道具使うんやけど、もう見つけてあるから、今回はパスな。ほんで、今からココを発破かけるところやねん」
「はっぱ?」
岩壁の行き止まりを示す青年に、少年が不思議そうに繰り返す。
現場のリーダーは問い掛けた。
「シエルくんたち、爆発の魔煌は使える?」
「僕は……火の魔煌全般苦手でして……」
「私も攻撃用だと、その手の術はあまり達者じゃないわね」
すみません、とシエルが謝罪の言葉を重ねると、ルドルフはニッコリ笑った。
「ええよ! ほな、俺らで実演するから、下がってて」
言われるがままに後ろに下がれば、先を読んだかのように、ロネが先頭に出て行った。
「すまん、頼むわ」
リーダーの声掛けに従い、灰髪の青年が岩肌に銃のようなものを差し向ける。
『朱・其は我が熱意の、具現なり──……!』
横向きになった銃口に〈煌力〉の光の粒が集積する。青年の足元が白く光り、言葉と共にその輝きを徐々に増してゆく。
『──爆ぜろ!! 〈火種ノ爆撃〉!』
銃口から、鋭い炎が出力された。岩壁が弾けた爆発音。
「ふおわあ!!」
「やっぱり大迫力ね……」
見ると、壁だったはずの岩には、大きな風穴が空いていた。
「うん! 要は、なんもないトコは爆破して、ルート確保な!」
サンキュー、と青年へ礼を言うルドルフ。歩きながら、彼は滑らかに説明を繋いで行く。
「それでさ、あとは探知場所まで、のらりくらりと進むしかないんやけど……」
「次はこちら、だろう?」
結社のボスが手の平を向けた方向は、少しの隙間の空いた岩同士の間だった。彼女が触れると、ガコッと簡単に外れて、開けた坑道につながっている。
「え、特殊能力!?」
「そんなんじゃない。風を感じる。探索の基本だよ」
「初耳やわ! すげーな!」
ガッツポーズした青年に、ボスがクスッと笑って肩をすくめる。なんてことないさと返して、彼女は道の先へと歩を進める。
ロネが坑道に声を響かせた。
「しっかしよ。さっきから、あのバカどもは気配ひとつしねェな。絶滅したか?」
彼の言う“あのバカども”とは、公国の領事軍のことだ。
「ふん。恐らく、いち兵士の独断だったのだろうね」
ボスの言い方が引っ掛かり、メアリは首を傾げて問うた。
「どうして、そう言い切れるの?」
「まず──ここらを本気でやるならば、夜一択だ。鉱山地区一帯と、首都の〈結社〉を軽く襲撃でもすれば、ひとたまりもない。私が敵ならそうする」
「ついでに港占拠とかだな。戦争になンぞ」
「……そこまで深く考えたコト、なかったわ」
「なるほど」
シエルは彼らの話を、無意識に自分の境遇に当てはめていた。
シエルの故郷・マルス村は、ガルニア帝国内でも南に位置する“貿易港”のような役割を果たしていた。
公国に攻め込まれた際、防戦一方だと感じていたが、帝国側としてはマルスで防戦をすること自体に、大きな意味があったのかもしれない。
テスフェニア公国側は、僕の故郷を、領事軍で占拠したくてたまらなかったのだろう。
そう考えると、途端にすべてのことが腑に落ちた。
少年は俯く。
「なんか、ばかばかしいですね」
口から滑り落ちた言葉は、冷ややかだった。理解と感情は別である。今や少年はそのことを、怒ればいいのか、悲しめばいいのか、わからなくなっていた。
「オォイ!」
「っうわ!?」
少年が悲鳴を上げた。ロネが肩を組んだのだ。
「先輩!? 急に何するんですか!」
「ガキが一丁前に、カッコつけてンじゃねェーよ」
ルドルフも同調して、少年の背中を優しく叩いた。
「ははは、そうよな! 大丈夫、シエルくん! 〈結社〉がなんとかしてくれるで!」
「当ッたり前だろうがよ!!」
「うぅー……」
耳がキーンとする。先輩は相変わらず、声がでかい。
ロネの声プラス腕の重さにもシエルが唸っていると、ボスが斜め前から静かに呼びかけた。
「シエル。無理だけはしてくれるな。君の姉も心配するよ」
振り返って見れば、メアリは今にも泣き出しそうな不安げな顔で僕を見ていて。シエルは、はっとする。
僕はいつも、メアリに悲しい顔をさせてばかりだ。
少年は、もう一度ボスの顔を見上げる。
「なにかあったら、言葉にしろ。それがいつか、君を救うから」
シエルは噛み締めるように、二度頷いた。
「は……はい! 気を付けます」
少年が答えれば、隣の青年もそっと腕を下ろす。歳上の青年二人は、シエルより先に前へと歩いて行った。ルドルフだけが、ニッと笑ってから行った。他のメンバーも後ろに続く。
……心配されてばかりだな、僕。
僕は『自分を変えたい』。
いつでも胸の底にあるその声は、こんな自分に向けられているのかもしれない。
坑道内のさらに奥深く。リーダー主導でたどり着いた場所で、カンッ、と甲高い音が鳴った。
「出てきた!」
現場のリーダーの声にかぶさるように、おおっ、と歓声が上がった。
分厚い軍手越し、ツルハシを手にしている彼の片方の手に持たれた、翡翠色の輝き。
「〈煌力鉱石〉だ……!」
「そう、これや」
間違いない、と呟くルドルフ。
薄暗く、冷たい坑道の岩肌に、エメラルドグリーンの光の粒が乱反射して、とても綺麗だ。翡翠の結晶の輝きは、〈煌力〉の光の粒にもよく似ていた。
普段、〈魔煌〉の術に使われる〈煌力〉の力は、自然の力の可視化された粒子だと言われているから、その力が凝固した素材であるのだろう。
ボスも首肯した。
「本当は、鑑定などを経るのだけどね。正規の手順を踏む前から、これほどの輝きを放つものは、珍しい」
「純度が高いんやと思う。コレ見れるなんて、運がええね!」
「綺麗!」
メアリの顔に、翡翠の透明な色が反射する。採掘現場の薄暗な景色からは、想像もつかない美しさ。
「採掘って、大変なんだなあ」
シエルが屈みながら感想を漏らすと、先輩が隣に立った。
「これをフツーのヤツが数人程度でやってたら、〈煌力〉がいくつあっても足んねェ。そこで、オレらが来るってワケだ」
「なるほど……。ただ爆破するにも、闇雲に強くやると危なそうですもんね」
「ガキにしてはいい着眼点だ」
鼻を鳴らすロネの得意げな様子を見る限り、シエルの答えは彼の得意分野のようであった。
ルドルフは少年たちに笑みを向けた。
「ざっとこんなもん。これが俺の仕事やな。正直、あんま褒められた仕事とは、ちゃうかも知れへんけど」
「なんでですか? すごく、難しい仕事なのに……」
現場の彼の手元を見ると、ツルハシやハンマー、タガネ(先の尖った工具)など、扱いの難しい物が多い。
それに、彼らの身に危険は付きまとう。
褒められないとはどういうことか。
「だってさ、『戦争に使われる道具』やで? それも、ウチの国やなくて他の国のモノにもなると来たら、いい顔しない人もおるからなあ」
ルドルフは苦笑した。
青年の表情が悲しく感じられ、シエルは必死に声を上げた。
「で、でも! それで助かる人も、大勢いるんじゃないですか!?」
「そう、かなあ」
金髪の彼が俯く。
「……あ!」
紅髪の彼女が弾かれたように顔を上げた。思い出した! と呟いて。
「私ね。故郷のおかあさんが、病弱だったの……」
ちょっとだけ聞いてくれる? と前置いて、彼女は語りはじめた。
「私が、まだ小さかった頃の話ね。おとうさんが、光る石を持ってきて、母に使ったの。それから、ひどかった咳の症状が随分よくなったことがあってね。今思うと、あれが〈治癒の結晶〉だったのかもしれないわね」
シエルが丸い目を見開いた。
「そんなことがあったんだ」
「ええ、今日のことで思い出したわ。何度も聞かせてもらった話なのに、私……忘れかけてた」
思い出せて、よかった。
母マリーが繰り返し、メアリに聞かせてくれた父ディオルとのエピソードは、いつも、温かい思い出にあふれていた。
母のような人も救われたのだとしたら、きっと意義のある物に違いない。
メアリはぐっと右の拳を握った。
彼女のアンバーの瞳に、光が満ちた。
「そうやって、人の役に立っているんだもの。これは、戦うのと同じくらい、立派なお仕事だと思うわ! 自信持って、ルドルフさん!」
鉱山の青年、ルドルフは、ほんの少し気恥ずかしそうにはにかんだ。
「サンキューな、ふたりとも!」
少年少女のやりとりを、ボスたちは静かに見守っていた。
────……
──……
研修の日の夜。シエルは自室のローベッドで横になって、天井を見上げた。
毛布に包まれながら、真黒な天井を見ていると、あの鉱山地区の青年の顔が浮かんできた。
別れ際、彼は太陽のような笑顔で言った。
『──今日言ってくれたこと、嬉しかったよ。きみらなら、きっとええギルド員になれるわ!』
シエルの唇がギュッと、への字になる。
胸から熱いものが込み上げたけれど、この感情が何なのか、今の僕には、わからなかった。
春の章『鉱物採集研修』 終